2009-11-06

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思想・学問

常不軽

私はこの二十年、仏書に親しんでいますが、もっとも平易で、納得しやすく、しかも実行が難しいのが、法華経の「常不軽菩薩品」です。 これは、誰にたいしても尊敬の念を口にし、それがために迫害されたが、迫害する者にも尊敬の念をあらわし、ついには仏となり、法華経を説いた菩薩の話です。 私は、自ら組織の長の暴言を許せず、弁護士を立てて要求を突きつけた経験があります。このとき、私の頭の片隅にはこの法華経「常不軽菩薩品」がありましたが、私は自分を抑えることができませんでした。今でも、加害者に対しては抜きがたい嫌悪感があります。 しかるに、常不軽菩薩は、石を投げられても、常に、最後まで、「あなたを尊敬します」と言いつづけました。 逆を返せば、人間というものは、「売られた喧嘩は買ってやる」という意識があって、どんな状況でも相手を尊敬し続けるというのは、真に難しいということでしょう。  ガンジーは非暴力を貫きましたが、同時代、チャンドラ・ボースという、武力闘争を掲げる一派があって、大日本帝国はこれを支援しました。 また、現在のインドは核大国でもあります。  仏教が生まれてどれだけ経つのでしょうか。 今も世界は...
文学

乙女の港

先週、弥生美術館で「少女の友」展を観たことはブログに書きました。 歴代「少女の友」に連載された小説でも、最も人気が高かったという、川端康成の「乙女の港」を読みました。川端作品は多くが文庫化されていますが、戦前に多く発表された少女小説は絶版が多く、やむなく、図書館で全集を借りるほかありませんでした。 戦前の女学生の間で流行したS(sisterの略)と呼ばれる女学生同士のプラトニックラブを描いたものです。 その言葉遣いなど、現代から見ると違和感がありますが、お話としてはなかなか興味深いものです。 当時はすべて別学でしたし、良家の子女が恋愛沙汰など許されなかったでしょうから、その代替として流行したものと思われます。男子校でも、似たようなものだったでしょう。古来わが国では、同性愛は普通のことでしたからね。 昭和12年の発表ですから、今から思えば、わずか四年後には、米英蘭との戦が始まり、少女たちも時代のうねりのなかに放り込まれ、牧歌的な生活はできなくなるのだと思うと、切なくなります。 川端康成は女性を描くのが得意で、よほどの女好きだったと思われます。「眠れる美女」などは、きりきりするような、究極...
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