2009-11

スポンサーリンク
精神障害

眠れない

昨夜、得たいの知れない不安が襲ってきて、よく眠れませんでした。処方されている睡眠導入剤を飲んだのですが、駄目です。床のなかでもんもんとしながら過ごしました。おかげで今日はだるいです。
社会・政治

森田健作千葉県知事

小春日和の陽に誘われて、千葉市中心部をふらふらしました。 妙見様を祀る千葉神社では、多くの親子連れが七五三に訪れていました。 赤やピンクの着物を着た女の子は可愛いですね。 ちょっとヤンキーっぽく見える男の子の派手な着物姿も趣深いものでした。お祖父ちゃん・お祖母ちゃんも多くいました。 光り輝く命そのもののような子供たちが、時のうつろいとともに皺深い老人になっていくかと思うと、それが生物の営みとはいえ、もののあわれを感じずにはいられませんでした。 千葉市中央公園では、来年に迫った千葉国体のPRイベントを行っていました。千葉名産を各種とりそろえた屋台が出て、食欲をそそる香りを漂わせていました。 舞台では、ジェフ千葉と千葉ロッテの専属チアリーダーが派手な踊りを繰り広げ、チーバくんも一緒に踊っていました。チアリーダーというのはいかにもとってつけたような笑顔が不気味ですね。わが国の伝統的な舞は、無表情で舞うのが普通ですから、違和感を禁じ得ませんでした。 最後に千葉県知事と千葉市長が登場して威勢のいい声を張り上げていました。 森田健作知事という人は、嫌味なくらい元気ですね。松岡修造なんかもそうですが...
思想・学問

常不軽

私はこの二十年、仏書に親しんでいますが、もっとも平易で、納得しやすく、しかも実行が難しいのが、法華経の「常不軽菩薩品」です。 これは、誰にたいしても尊敬の念を口にし、それがために迫害されたが、迫害する者にも尊敬の念をあらわし、ついには仏となり、法華経を説いた菩薩の話です。 私は、自ら組織の長の暴言を許せず、弁護士を立てて要求を突きつけた経験があります。このとき、私の頭の片隅にはこの法華経「常不軽菩薩品」がありましたが、私は自分を抑えることができませんでした。今でも、加害者に対しては抜きがたい嫌悪感があります。 しかるに、常不軽菩薩は、石を投げられても、常に、最後まで、「あなたを尊敬します」と言いつづけました。 逆を返せば、人間というものは、「売られた喧嘩は買ってやる」という意識があって、どんな状況でも相手を尊敬し続けるというのは、真に難しいということでしょう。  ガンジーは非暴力を貫きましたが、同時代、チャンドラ・ボースという、武力闘争を掲げる一派があって、大日本帝国はこれを支援しました。 また、現在のインドは核大国でもあります。  仏教が生まれてどれだけ経つのでしょうか。 今も世界は...
文学

乙女の港

先週、弥生美術館で「少女の友」展を観たことはブログに書きました。 歴代「少女の友」に連載された小説でも、最も人気が高かったという、川端康成の「乙女の港」を読みました。川端作品は多くが文庫化されていますが、戦前に多く発表された少女小説は絶版が多く、やむなく、図書館で全集を借りるほかありませんでした。 戦前の女学生の間で流行したS(sisterの略)と呼ばれる女学生同士のプラトニックラブを描いたものです。 その言葉遣いなど、現代から見ると違和感がありますが、お話としてはなかなか興味深いものです。 当時はすべて別学でしたし、良家の子女が恋愛沙汰など許されなかったでしょうから、その代替として流行したものと思われます。男子校でも、似たようなものだったでしょう。古来わが国では、同性愛は普通のことでしたからね。 昭和12年の発表ですから、今から思えば、わずか四年後には、米英蘭との戦が始まり、少女たちも時代のうねりのなかに放り込まれ、牧歌的な生活はできなくなるのだと思うと、切なくなります。 川端康成は女性を描くのが得意で、よほどの女好きだったと思われます。「眠れる美女」などは、きりきりするような、究極...
精神障害

診察

昨日の夜、診察がありました。 停滞気味で、よくも悪くもなっていないようです。 薬は変わりませんでした。 それにしても、精神科医というのはたいへんですね。毎日毎日愚痴やら、妄想やら、挙句の果てには暴言を食らったり。 私にはとても無理です。 そういえば古い映画ですが、ジャックニコルソン主演の「カッコーの巣の上で」というのがありました。精神病院の入院病棟が舞台で、ジャックニコルソンが精神病院の改善を訴え、煙たがられてロボトミー手術を受けて廃人になり、精神病院は平穏を取り戻しますが、主人公を哀れに思ったネイティブアメリカンの患者が主人公を殺し、精神病院を脱走する、というストーリーでした。 アカデミー賞主要5部門を総ナメにした、名画です。 私は今、入院こそ経験ありませんが、薬を手放せない精神病者となって、思います。この人間社会において精神を病むほどまともな者こそ差別されるのだ、ということを。 精神病と差別は古くて新しい問題です。建前で精神病者を対等に扱っても、本音は違う、ということを何度も経験してきました。 誰でもが狂気を内に秘めているのだ、という自覚を持たなければ、差別はなくならないでしょう。...
スポンサーリンク