2010-05-27

スポンサーリンク
社会・政治

いや汁

負け犬の遠吠え酒井 順子講談社このアイテムの詳細を見る 数年前に、「負け犬の遠吠え」という本が流行りましたね。 30、未婚、子無しは「負け犬」だとか。著者自身のことでもあります。 人の多様な生き方を型にはめて本にするとはずいぶん下品な所業ですが、ここではあえてその内容は問いません。 私は、そのなかに出てくる「いや汁」という言葉が変に気に入りました。 この著書では、負け犬がかもしだす、独特のいやあな感じを、「いや汁」と言っています。 私は、この「いや汁」を、別な意味で用いています。 すなわち、働いていると出てくる、疲労をともなった、いやあな感じです。 労働による汗とか、そういう爽やかなものではありません。 油汗とも違う、実際の体液ではない、奇妙なそしていやな感じです。 一日働けば、必ず、一度や二度は意識してしまうものです。ふと仕事が暇になったときや、一段落したとき、「いや汁」は強烈に意識されるのです。 今日もたっぷりと、「いや汁」をだらだらと流しながら、職務に精励したのです。
文学

最近、外で酒を飲む機会がめっきり減りました。 時代の流れでしょうね。仕事帰りに上司や同僚、後輩と軽く一杯、という風習は、もはや無くなったと言っていいでしょう。 個人の時間を大切にする、という意味で喜ばしいことですが、一方、なんだかさびしいような気もします。 オーソン実験の昔に立ち返るまでもなく、職場における人間関係が業務能率に影響を与えるのは、当たり前の話です。 むしろ欧米人が、オーソン実験の結果をみて、人間関係が能率に影響することに驚いた、という事実に日本人たる私は驚きます。我々にとっては、あまりに当たり前の話です。 その私たちも、古い言葉ですがノミュニケーション というものを捨てようとしています。 病気の私には、ありがたいことです。 外で飲むことは減りましたが、家ではよく飲みます。酒好きなのですね。 身もおもく 酒のかをりはあおあおと 部屋に満ちたり 酔はむぞ今夜 酒を愛した歌人、若山牧水の歌です。いかにも酒好きらしい、飲むことを楽しみにしている風情が伝わってきます。 蒼ざめし 額つめたく濡れわたり 月夜の夏の 街を我が行く 同じ歌人の手になる和歌です。大正元年発表の「死か藝術か」...
スポンサーリンク