2010-07-06

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社会・政治

タニマチ

大相撲の野球賭博問題がずいぶん世間を騒がせていますね。 相撲は神事だとか、日本の伝統だとか、たいそう相撲関係者は背負ってらっしゃるようです。 たしかに、相撲の歴史は古く「古事記」に、早くも力士(ちからひと)という名称が出てきます。 そしてそれは、神事でした。 しかし、江戸時代以降、相撲で生計を立てるプロの力士が誕生するに及んで、事情は変化します。 男芸者などと異名をとり、タニマチが巨額のご祝儀を贔屓の力士に与え、興行相撲は神事の型を残しつつ、娯楽になったわけです。 タニマチにしてみれば、粋な芸者を連れ歩くのと同じ感覚で、相撲取りをつれ歩き、相撲取りはタニマチに頭が上がらない、ということになってしまった現状をみれば、他の格闘技やスポーツよりも高い精神性を求めるのは、無理があると思います。 横綱だって大関だって、一般社会からみれば、若者です。しかもまわりからチヤホヤされる若者です。過ちを犯すこともありましょう。 野球賭博は犯罪ということなので、このたびの措置は仕方ありませんが、競馬競輪、パチンコ、パチスロと、世にはお上公認の賭事があまたあるのですから、野球も相撲も公営賭博にしたらどうでしょ...
思想・学問

超昏睡

そろそろ臓器移植法が改定されてから丸一年になりますね。  当時は脳死論議が盛んでしたが、一年たつと、メディアに取り上げられることもあまりありません。 むしろ一年間でどのくらいドナーが増え、どの程度臓器移植で命を長らえた人がいるのか、検証結果を報道してほしいものです。 1959年、フランスでモラレとグーロンが今日で言う脳死状態のことを、超昏睡(coma depasse)と名づけました。当時、超昏睡は人の死、という認識はなかったようです。この状態が脳死(brain death)と呼ばれるようになったのは、1967年の世界初の心臓移植以降のことです。 つまり超昏睡だと生きていることになるので、心臓を取り出せば、当然殺人罪に問われます。心臓移植を行うためには、その状態を脳死と呼び、死んでいるとみなす必要性があったというわけです。 元来、人の死は、肺機能・心機能・脳機能の3つすべてが停止した状態を指すのが当然でした。 ところが医学の進歩に伴い、臓器移植が可能になると、3つのうち2つが活動していても、脳機能が停止していれば、多分助からないだろうと見なして、助かるかもしれない人に、臓器を移すことで、...
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