2010-07

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社会・政治

廊下すずめ

近頃、モンスターペアレントなる親たちが跳梁跋扈し、学校を苦しめている、という話をよく聞きます。 この種の人は相手が学校でなければクレーマーと呼ばれていますね。 人間関係が希薄になったせいだとか、校内暴力が流行った時期に中高生で、就職はバブル期、そのため教師を馬鹿にしている、という世代のせい、あるいは子供を学校にやるのを消費活動ととらえ、損したくないのだ、とか、社会学者は様々に解説しています。 本当のところはよくわかりません。 大正から昭和初期においても同様の現象がみられ、廊下すずめと呼ばれていたそうです。 そうすると時代のせいとばかりは言えませんね。 いずれにしろ厄介な存在で、社会人なら多かれ少なかれこういう器量の狭い困ったちゃんに苦しめられたことがあるのではないでしょうか。 三波春夫がテレビCMで、お客様は神様ですなどと、寝言を言っていましたが、あれは拝金主義を標榜し、金を落とすやつにはいくら媚びても平気です、と言っているようなもので、後の日本の消費者に誤ったメッセージを送りました。 客が神様であるわけもなし、金を払うやつが威張る道理もありません。もちろん、商品なりサービスなりを提供...
映画

クライモリ デッドエンド

「クライモリ」の続編です。 かなり強烈なスプラッターで、前作をしのぐ完成度になっています。 この手の映画で、続編が第1作より優れているのは珍しいのでは? 30年前に閉鎖された製紙工場。そこでは汚水が垂れ流されていました。 その汚水のため、近くの森の住民は引っ越していきますが、一家族だけが残ります。その家族の子供は汚水のせいで遺伝子異常を起こし、醜く、しかも筋肉が異常に発達します。さらに兄弟姉妹で近親相姦し、さらに異常な子供が生まれます。生きる術を失った家族はキャンプなどで森にやってきた人を襲い、これを食糧として生き延びるのです。 そこで、今回はサバイバルゲームのテレビ番組収録に訪れた人々と死闘を繰り広げます。 まずスプラッターの基本ともいうべき残虐シーンがこれでもか、と出てきて、さらにアクション、お色気、さらにはお笑いと、スプラッターとしては完璧です。カメラアングルを頻繁に変えるなどして、飽きさせません。スプラッターを見なれた人でも、予想を裏切る展開の連続です。 ただし、全然怖くありません。 どちらかと言うと滑稽です。 スプラッターもここまできたか、と半ば飽きれます。 お好きな方には、...
社会・政治

珍しい

祖母が15歳の孫を刺し殺したとか。 少年の両親は離婚して、妹とともに祖父母に育てられていたとのことで、珍しいケースです。 近頃親が子を虐待死させても、子が親を殺しても、さほど驚かなくなりましたが、今回は驚きました。 いったい何があったんでしょうね? 並大抵のことでは老婆が孫を刺し殺すなんてありえないと思います。 先日は、優先席に座っていた高校生の顔を傘で突いて大けがさせた高齢者者がいました。 数年前、切れる17歳、とか言って、少年の暴行事件が問題になったことがありました。 今度は切れる60代ですかね。 パピルスの昔から、今時の若者は批判の対象でした。 明治20年頃は明治生まれが国を滅ぼすと言われましたし、1980年代には若者を新人類と呼んでその行動は不可解とされました。 しかし今は、新人類も40代後半、社会の中枢を担っています。  いつの世も若者は頼りなく、上の世代から見れば不可解なもの。 永遠の繰り返しです。 犯罪行為を世代のせいにしてはいけません。 すべて、個人の責任に帰せられるべきですね。 子供叱るな来た道じゃもの、年寄り笑うな行く道じゃもの。   憂き世の恐ろしさは、人の想像を...
文学

つかこうへい

劇作家にして演出家、つかこうへいが亡くなりました。 噂ではかなり激しい演出だったとか。 私は舞台を観ることはついにありませんでしたが、映画では「蒲田行進曲」と「熱海殺人事件」が印象に残っています。 どちらも笑えて泣ける作品でした。そして、そこはかとなく乾いた感じが漂っていて、好きでした。 小説「長島茂雄殺人事件」は笑えましたね。千葉県某地方に長島村というのがあって、村民はみなスポーツ万能、挨拶は昼夜を問わず「燃えたね!」なのです。長島茂雄は長島村の落ちこぼれで、仕方なくプロ野球選手になった、という設定です。 長嶋ではなく、長島なのが、ミソです。  いずれも1980年代前半から半ばにかけての作品です。 私の中学・高校時代。 良いものも悪いものもなんでも吸収する貪欲な年頃に観たもの、読んだものは、みな印象的です。 冥福を祈ります。蒲田行進曲 つかこうへい,つかこうへい松竹ホームビデオ熱海殺人事件 つかこうへい,つかこうへいジャパンホームビデオ長島茂雄殺人事件―ジンギスカンの謎 (角川文庫)つか こうへい角川書店
文学

フクロウ

私はどういうわけか、幼いころからフクロウとダルマが好きでした。 毎朝、靴を履くにはてっぺんにフクロウをかたどった木彫りの靴べらを使っています。知床の民芸品店で12年も前に購入したものです。  フクロウというと、俳句では冬の季語ですが、フクロウに姿も声も似た青葉木莵(あおばずく)という渡り鳥が夏の季語になっています。インドのほうからはるばる日本にやってくる、運動好きの鳥です。 青葉木莵 おのれ恃め(たのめ)と 高処(たかどころ)   という句が詠まれています。文挟夫佐恵(ふばさみふさえ)という変わった名前の俳人の手による句です。 フクロウの類の鳥は、どこか哲学的な、おのれの道を独り歩む雰囲気があって、上の句は、青葉木莵のようにただ独り歩め、と励まし、叱っているような感じで、暑い暑いと不満ばかりたれている私などは、緊張を強いられます。 また、 病むも独り 癒ゆるも独り  青葉木莵 という句は如何でしょう? こちらは中嶋秀子の句です。 やはりこちらもどこか孤独を感じさせます。 夏の暑苦しい病床で青葉木莵の鳴き声に耳を傾け、病者の痛みを独り耐えている、といった感じでしょうか。  フクロウもダル...
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