思想・学問 キリスト者
本堂の ツリーまばゆい 保育園 都合よく 神と仏を およびして 上のような川柳が生まれるように、わが国民は宗教に対して誠に寛容。 八百万もの神様がおられる国ですから、三世の諸仏が入ってこようとアッラーの神が入ってこようと、どうってことありません。 八百万という神々だって、だいたいそのぐらい、という程度の意味ですから、実際に何柱になるのか、さっぱりわかりません。 そのような宗教的バックボーンを持つわが国で、キリスト者として生きるのは大変困難なことだろうと思います。 キリスト者は、日本という多神教的もしくは無神論的社会のなかで、聖書の教えに従って、永遠の汝=神との関係性を第一として生きなければなりません。 精神的にそのことが可能であったとしても、教会は現実に存在する組織です。これを維持し、布教を続けるには、先立つものが必要です。 而してキリスト者は、異教の社会で、聖書に忠実に、しかも金を儲けなければいけないのです。なんという苦難。 キリスト者たろうとするのは、この日本ではイバラの道を歩むことなのです。 翻って、仏教や神道。 じつはこちらも、キリスト者と事情はそれほど違いません。 日本人...