2010-08

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文学

自由に

定型からも季語からも解き放たれた自由律俳句。 自由に作っていいよ、と言われても、かえって戸惑うのが俳句詠みの常。 それでも自由律俳句ばかりを詠み続けた明治生まれの二人。 種田山頭火と尾崎方哉。 そして、昭和の終わりとともに25歳で逝った住宅顕信。 種田山頭火の句は明るく活発。 尾崎方哉の句はさびしく不気味。 住宅顕信は尾崎方哉に憧れて、憧れの人のゆえか若くして発病した難病のゆえか、幸薄く鋭利。 この旅 果てもない旅のつくつくぼうし  種田山頭火 蟻を殺す 殺すつぎから出てくる      尾崎方哉 とんぼ 薄い羽の夏を病んでいる     住宅顕信 私はあまり自由律俳句を好みませんが、上の三人は別格というか、多分従来の形式では表現し得ない世界を持ち、それを現すのに自由律俳句が最も適していたのでしょうね。 素人が手を出すと、限りなく滑稽に堕しますので、ご注意。 上の三句は、夏と虫という共通点で選びました。 それぞれの俳人の特徴がよく出ていると思います。  明治生まれの二人は高学歴ながら酒で身を持ち崩し、最後は知り合いの寺に厄介になりました。 住宅顕信は学歴はなく、酒もやらず、出家しました。 ...
社会・政治

小沢一郎議員出馬

小沢一郎議員が9月の民主党代表選挙に立候補するそうですね。 世論調査によると国民の多数は小沢総理誕生を支持していないようですが、年も年だし、これがラストチャンスだと思ったんでしょうか。 これまでの政治行動を見ていると、誰かを担いで裏で操るイメージが強かったですが、いよいよ表に出るんですね。 代表選に立候補することは何の問題もありませんが、何をやりたいかがよくわかりません。 マニフェスト回帰を訴えているようにも見えますが、菅総理とてマニフェストを全面的に見直すと言ったわけではなく、現実に合わせて修正しただけのこと。 脱小沢が気に入らんというのなら、単なる権力闘争に過ぎません。 民主党政権誕生から、鳩山前総理の迷走、金にまつわるダーティーな噂、参議院選挙での敗北と、ろくなことはありません。 挙句の果てにはまだ何もしていない、就任してわずかの現総理を引きずり降ろそうというのでは、ほとほと嫌気がさします。 野党時代に攻撃していた自民党以下の体たらく。 諸外国はおろか自国民からもダメが出ていますよ。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
映画

ブラック・ダリア

昨夜、「ブラック・ダリア」を観ました。 1940年代後半のL.A.を舞台にした本格的サスペンスです。 ファイアーとアイスと呼ばれる元ボクサーの刑事コンビが、女優を夢見る少々おつむの弱い若い女性の無残な死の謎を追います。 遺体は口が耳まで裂け、内臓が抜かれていたのです。 捜査中、アイスの前に被害者とうり二つの富豪の娘が現れます。 アイスは富豪の娘にのめり込んでいきます。 アイスはかつて有名なボクサーだったことから、娘の家族に紹介されます。娘の母親はヤク中で、妹は卑猥な絵ばかり描く変わり者です。 富豪一家の闇、ファイアーの秘密、ファイアーがかつて逮捕した男の釈放、二重三重の謎が、複雑な人間相関図と絡み合って、もうわけが分からなくなります。 ストーリーとタイトルからは、もっと退嬰的な、雰囲気のある映画かと思ったのですが、どこか突き抜けた明るさがあるのはなぜでしょう 子どもの頃から感じていたのですが、シャーロック・ホームズとかアガサ・クリスティとか、本格的な謎解きの殺人劇というのは、謎を解くのが前面に押し出されて、恐怖や暗い美しさなどが際立たないように思います。 同じ殺人劇でも、本格的サスペン...
映画

ナイン

今日はわけあって有給休暇。 面倒な用事は後にして、まずはDVD鑑賞です。 作品は「ナイン」。 9人の男女が無作為に選ばれて拉致、ある豪邸に閉じ込められます。 9人のうち、一人だけが豪邸から出ることができ、しかも500万ドルの現金を得ることができます。 ゲームは簡単。生き残ればいいのです。 最初は紳士的に打開策を練っていた9人。 しかし、リーダーシップを発揮していた警官がいざこざから命を落とすと、疑心暗鬼の地獄絵図が展開されていくのです。 今流行りのシチュエーション・ホラーですね。  今は亡き怪優デニス・ホッパーが温厚な老神父を演じて秀逸です。 オチは予想どおりで、全体的に凡作の感が否めませんが、デニス・ホッパーがスパークするかと思いきや、わりと抑えた演技に終始したのがご愛嬌です。 シチュエーション・ホラーは最近乱発気味で、元祖の「SAW」シリーズも6作目ともなるとだんだんお笑いになってきました。 このジャンルはそろそろ終いにしたらどうでしょうか なお、同タイトルの作品で10分おきに死んでいく映画とは別物ですのでご注意ください。NINE -ナイン-  こっちが今日観たやつです。スージー・...
文学

電話男

今、インターネットの普及によって見ず知らずの人とコミュニケーションをとることは、当たり前になっています。 今から26年前、1984年に書かれた「電話男」は、電話によって赤の他人たちとのコミュニケーションを図り、それによって彼我ともに癒される存在を描いて秀逸です。 電話男(電車ではありません)は、日がな一日電話の前で、悩める人々からの電話を待つのです。 それはテレクラのような会うことを目的としたものではなく、ただ電話があり、電話男がいて、電話が鳴るのです。 彼らは闇の存在ですが、同じく闇に住むテロリストの標的になっていきます。 対面でのコミュニケーションを阻害する不逞の輩として。 人とのコミュニケーションを求め、それがはかないことを知って絶望する、そして、テロリストに狙われる。 今日のインターネット社会を凌駕する切なくて残酷な物語が、ユーモアを交えつつ加速度をつけて展開されます。 これは某文芸誌の新人賞を受賞しましたが、ずいぶん評価が分かれたそうです。 しかし時代は「なんとなく、クリスタル」だとかニュー・アカデミズムだとかが流行っていました。 斬新なものが受け入れられる素地があったのでし...
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