2010-08

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社会・政治

市民活動家・菅直人総理

管総理は日本で最初の市民活動家出身の総理だそうですね。 市民といっても、A市に居住するA市民というのではなく、広く様々な活動をする庶民、というほどの意かと思いますが、この市民活動をする主体というのがなんとも怪しげです。 住民運動の場合、特定の地域の利害をめぐって住民が運動するのでしょうが、市民活動というのはあまりにも幅が広く、中には過激な団体の隠れ蓑になっている場合があるから注意が必要です。 また、市民活動といっても、実際の市民の意見を代弁しているわけではなく、いわゆるうるさい少数(Noisy Minority)である場合が多く、その活動の公益性には疑問符がつきます。 当然、選挙に出て当選しないかぎりは民意を反映しているとは言えませんから、純粋に市民活動だけしている人というのは代表性を持ちません。 すると結局のところ、市民活動家というのは、イメージの中に存在する幽霊のようなものです。 ただし、この幽霊が国民の間に出没し、時として世論操作を試みることがあるので厄介です。 それに比べて、民族派とか右翼とか呼ばれる人々、及び革マルとか中核派とか左翼とか呼ばれる人々は、結社を作り、政治活動や破...
社会・政治

阿久根市長、リコールか?

阿久根市長をリコールに追い込もうとする運動が始まりましたね。 市議会への出席を拒否して専決処分を連発してきたのですから、当然でしょう。 目指していることが仮に正しくても、やり方が間違っていれば、民主主義社会では通りません。 政策の中身と同等に、手続きを重視する、というのが民主主義社会です。 面倒な手続きを経なければ物事が進まないことを、お役所仕事などといって揶揄しますが、そのお役所仕事によって、不正な事案の発生阻止が担保されていると言えましょう。 万事遺漏なきお役所といえど、様々な法律規則でがんじがらめに縛られ、仕事が新たな仕事を生む永久機械のような状況では、ミスも起きます。ミスが起きればさらに再発防止策がとられ、ますます仕事が増える悪循環です。じつに滑稽です。 その面倒くささに嫌気がさすのはわかりますが、独裁は許されません。 阿久根市のように市長が独裁的に市政を運営したことで、張り紙をはがしただけで係長が懲戒免職をくらったり、ボーナスがいきなり半分になったり、市長一族が経営する土建屋が予定価格とほとんど同じ金額の札を入れて落札したりするのです。 阿久根市長は住民至上主義を掲げて、自ら...
思想・学問

脱自(ekstasis)

昨日41歳になり、私はあらためて来し方を振り返ったのでした。  実際に存在する私(existence)は、死に向かう一方通行の時間に閉じ込められながら、死に向かう時間を忘れて、あるいは無視して日常の雑事にかまけています。そこにあるのは、ハイデガー言うところの対象化された私です。 様々な日常との関係性のなかで生きている私とも言うべきでしょうか。 ハイデガーは、非対象化した生き方、脱自(ekstasis)を求めます。  これは理論としては面白いですが、実際には無理でしょう。ekstasisは恍惚とも訳され、性的絶頂の意もあります。  三島由紀夫は「絹と明察」という小説で、以下のように簡略に説明しています。 自己から漂い出して世界へ開かれて現実化され、根源的時間性と一体化する。 また、和泉式部の和歌に、 もの思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る という、魂が遊離した恍惚状態を歌ったものがあります。 いずれも脱自(ekstasis)ですね。 私はこれらのことを知識として知りながら、やっぱり対象化した私でしか、生きられません。 また、同じ歌人の歌に、 冥きより 冥き道に...
その他

今日、一つ年をとりました。 今更年をとったからといって、何の感慨もわきません。  昨日、実家からお祝いのウナギが届きました。浜名湖のウナギで、海老仙という会社のものです。 白焼きだったので、つまみとしてわさび醤油で、たれもついていたので、上がりの飯はうな丼にしました。 今まで食ったどんなウナギよりも、脂がのって、絶妙な歯ごたえでした。  ありがたいことです。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
映画

アイヒマン・テスト

アイヒマンといえば、ナチのユダヤ人収容所所長で、長く逃亡していましたが捕えられ、裁判で自分は命令に従っただけであり無罪である、と主張した人物です。 世間では極悪非道の冷酷漢とされていますが、当時のナチの将校が果たして国の政策に人道的見地から反対することが可能であったかといえば、極めて困難で、私がアイヒマンの立場にあれば躊躇なくユダヤ人を虐殺したでしょう。 DVDで「私の中のアイヒマン」を観ました。 ある女子高の演劇部が、「アンネの日記」を演じるにあたって、当時の過酷な状況を体験するため、OGである女優の指導のもと、収容所の所長、兵隊と、捕虜に役割を決め、ロールプレイを一週間行うという心理サスペンスです。 いわゆるアイヒマン・テストを地で行ったわけです。 女子高生たちは役割にのめりこみ、狂気に突入していきます。 7人の女子高生とOG、演劇部顧問の女性教師の、女性しか登場しない華やかな映像が、醜くゆがんでいきます。 アイヒマン・テストの当然の帰結です。 人間が役割を与えられると、驚くべき適応を示します。 地位が人を育てる、とか言われるやつです。 高い地位につけば偉そうに、低い役割であれば卑...
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