2010-09-10

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社会・政治

モスク

最近、グラウンド・ゼロの近くにモスクを建設する計画が米国で論議を巻き起こしていますね。 米国が守ってきた価値観によれば、犯罪集団でないかぎり、いかなる宗教団体であっても、地権者との契約に基づいて任意の場所に宗教施設を建築できるはずです。 実際、オバマ大統領はそのような発言をし、アメリカ中から非難を浴びました。 グラウンド・ゼロの近くにイスラム教のモスクって、いくらなんでも犠牲者および遺族に対する配慮が足りないんではないの?、ということのようです。     感情としては、モスク建設に反対する米国人の気持ちもわかりますが、9.11テロを計画、実行した過激思想のイスラム教徒と、ニューヨークで暮らす一般的なイスラム教徒を一緒にしてはいけません。  ほとんど信じてないけど結婚式や葬式はキリスト教式で、ごくまれに教会に行くし、たまには聖書を読もうと意気込んで挫折する、微笑ましいなんちゃってキリスト教徒と、厳格に聖書の教えを信じる原理主義者と、両極端な人々を同じようにキリスト教徒と呼んでいます。 テロリストは昔懐かしい十字軍の頃の宗教戦争に擬しているようですが、米国政府までその挑発に乗ってはあまりに...
文学

みみらく

「蜻蛉日記」に、死者と会える島、みみらくについての記述があります。 死者はみみらくに現れるのですが、現世の人がその島に近づくと消えてしまう、とも。 いずくとか 音にのみきくみみらくの しまかくれにし 人をたづねん(『蜻蛉日記』)  この伝説は京都で流行り、京の人々はそういう島があるなら行っていみたいものだ、と思いながら、そこへ向かおうとはしませんでした。 ここが、恐山の口寄せと大きく異なりますね。 人々はただ死者を想い、いつかはみみらくに行って再会を喜び合おう、と思っていたのでしょう。 しかし、近付くと消えてしまう幻の島です。 上陸は夢のまた夢です。 現在では五島列島の福江島と考えられ、かつて遣唐使船の国内最後の寄港地だったとか。 遣唐使は命がけの渡海でしたから、この港を出れば生きて帰れるかわからない、という思いが、伝説を生んだのかもしれません。 死者への追慕の念は純粋ですね。 盆になったら坊主が来るのでいくらか包まなきゃならん、ああ、面倒だ、というのが本音としか思えない現在の風習とはずいぶん違います。蜻蛉日記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)角川書店角川グループパブリッ...
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