2010-09

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仕事

9月

夜長月を迎えました。 残暑はますます厳しいですが、仕事帰りなど、日が短くなったことを実感します。 仕事がつまらん、と愚痴をこぼしながらも、大過なく復帰から4カ月が過ぎました。 まずはめでたい。 仕事がつまらんというのは、気楽でもあり、生きていくのに気楽に稼げるほどありがたいことはありますまい。 月給を貰えることを良しとして、気楽でつまらん仕事に耐えましょう。 お金は辛いことをしたり、無理をしたりしなければもらえないものです。 それを、つまらんぐらいなんでもありません。 いや、たいへんありがたいことです。 できれば定年まで、つまらんくらいの仕事を続けたいものです。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

留学と疎開

わたしはいくさのあいだ、国外脱出がむつかしいので、しばらく国産品でまかなって、江戸に留学することにした。 上記は、戦後、石川淳が戦中の過ごし方を語ったものです。 優雅な話ですね。 軍靴が響き、焼夷弾が降る帝都で、江戸に留学していたとは。 そこで石川淳は、江戸狂歌のなかに、生活と文学とを一本に通して俗中に於けるこの虚構の世界よりほかに幸福をまかなふ道は無いといふ存外強烈なる人生観、を見出します。 一方同様に戦争中江戸文学に耽溺していた永井荷風は、怠惰な眠りを許してくれる退行的な揺りかご、として、言わば江戸に疎開していたように見えます。 ここに、永井荷風死後、死者を悼むものとは思えない、激烈に荷風山人を批判する「敗荷落日」が石川淳によって書かれなければならなかった、両者のスタンスの違いが見られます。 私は石川淳を深く尊敬し、永井荷風を敬愛するものですが、石川淳はあまりに厳しいように思います。 芸術家とはこうあらねばならない、という理想が強すぎて、くたびれちゃいます。 作品は奇想天外で面白いのに、その余で余計な理屈をこねて、読者を白けさせますね。 世界像との関係に於いて、地上に於ける人間の運...
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