社会・政治 人間である前に
我々は人間である以前に日本人である。 保田與重郎の「述史新論」に見られる言葉です。 何と重苦しい言葉でしょうか。 私たちは、戦後教育のなかで○○である前に人間である、と教わってきました。 私も今日の今日までそう思っていました。 この言葉は今日の産経新聞の正論に紹介されていました。 孫引きを承知で、ここに記事にします。 この島国に生まれ育った人々は、否応なく日本人でしかなく、意識するしないに関わらず、長い日本の伝統を背負って生きています。 日本語を話し、箸で飯を食い、味噌汁を飲んで、靴を脱いで家に上がり、ソファーがあっても床座りしてソファーの足の部分を背もたれにしてみたり。 花鳥風月を愛で、何かと言うと酒を食らう。 息の一つ一つが、人間である前に、日本人としての所作なのですね。 これは逃れられない宿業とでも言うべきもの。 それはどこの国、どの民族に生まれようと同じこと。 自らが所属するコミュニティーが育んだ伝統から逃れることはできません。 つまり、誰であっても、我々は人間である以前に○○人なのです。 保田與重郎というと、どんなイメージを持つでしょう。 日本浪漫派の重鎮。戦後、著作のほ...