2010-10

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社会・政治

核武装

昨夜のNHKスペシャルで、佐藤栄作政権のとき、日本が核保有を目指して西ドイツと極秘協議を行っていたことが詳しく報じられていました。 1964年の中国の核実験成功に危機感を抱き、日本が核保有する具体的なロードマップを作成したうえで、国際的非難をかわすためか、西ドイツに日本側から協議をもちかけたようです。 核兵器、二国で持てば、怖くない、ということでしょうか。 当時の外務省作成の報告書によれば、少数の小型原爆を開発することは容易である、とのことでした。 そこで、私はある重大な疑念を抱きます。 つまり、もう保有しているのではないか、ということです。 あるいは完成直前で、ペンキを一はけ塗れば完成、という状態で、何十年もそのときを待っているのではないでしょうか。  番組では元外交官が、外交には必ず裏があり、ダーティーな面に力を入れなければ、国家としてやっていけない、と話していました。 佐藤栄作といえば、非核三原則を掲げ、ノーベル平和賞をもらった人物です。 そのご当人が、日本は超大国を目指し、独自に核開発をすべきだと考えていた、と西ドイツの文書に記載されています。 番組によると、その後日本はアメリ...
映画

ミーシャ ホロコーストと白い狼

過酷なDVDを観ました。 「ミーシャ ホロコーストと白い狼」です。 第二次大戦中、ドイツ占領下のブリュッセルで、ユダヤ人少女ミーシャが留守中に両親がナチに連行されてしまいます。 ミーシャは両親は東に連れて行かれたらしい、という情報を頼りに、一人、磁石だけを持って旅立ちます。 東へ、東へ。 途中、生きるためにミミズやウサギを食ったりして、状況は過酷を極めます。 それでも両親に会いたい一心で、ひたすら歩き続けます。 森では狼との交流があったり、ヨーロッパの美しい自然を背景に、デヴュー作だという子役(マチルド・ゴファール)が、演技だか素だかわからないほどの凶暴な演技力を見せつけます。 ラストは悲哀に満ちていますが、だからこそこの映画に説得力があるのでしょう。 この子役は、これを最後に演技ができなくなるか、大女優になるか、どちらかしかないでしょう。  それほど強烈な演技でした。 ミーシャ/ホロコーストと白い狼 マチルド・ゴファール,ヤエル・アベカシス,ベンノ・フユルマン,ギイ・ブドス,ミシェル・ベルニエエースデュース↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
社会・政治

名誉殺人

今朝の新聞で、衝撃のニュースを読みました。 インド北部のある村で、若いカップルが、女性の両親に殺害されたというのです。 なんでも二人はカーストが異なっていて、インドではカーストが異なる男女の結婚は認められないことから、日ごろから娘の両親は交際に反対していたといいます。 両親は伝統を守るための殺人で、反省も後悔もしていない、とのことでした。 しかもインドでは、こうした殺人を名誉殺人とよび、年間1,000件も起きており、もちろんインドの司法はこれを殺人事件として裁いていますが、一般社会では容認する意見も多いとか。 カースト制度はインドの伝統であり、国家的な社会保障が未整備なインド社会では、一定の役割を果たしている、という話を聞きます。 それはそうなのでしょうが、付き合っている男のカーストが自分たちより下位だからといって、娘もろとも殺してしまうというのはいかにも乱暴です。 日本においては部落差別が根強く残っているようですが、部落出身の男もしくは女と自分の子どもが交際したからといって、二人とも殺してしまうなんて話は聞いたことがありません。 異文化を尊重しなければいけないのは当然ですが、殺人をも...
散歩・旅行

東京スカイツリー

秋の風に誘われて、江戸川を渡り、新中川、中川、荒川さえも越えて、ふらふらと押上から浅草あたりを散策しました。 時あたかも東京スカイツリーの工事中。 まだ建築途中の建物を一目見ようと、日ごろ人気のない押上あたりに大勢の人が繰り出していました。東京スカイツリーです。 浅草では尾張屋で天麩羅定食を食い、観音様にお参りし、煮込み通りを冷やかしました。 煮込み通りには真昼間から観光客や、場外馬券売り場帰りと思しき男性等が楽しげに一杯やっていました。 隅田川を下る観光船も客で一杯でした。 アサヒビールの22階喫茶ラウンジでコーヒーを飲み、家路につきました。 14,000歩も歩いて、少々疲れました。吾妻橋から見たスカイツリーとアサヒビールのモニュメントです。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

月光

此の歌即ち是如来の真の形体なり。 されば一首詠み出でては一体の仏像を造る思ひをなし、一句を思ひ続けては秘密の真言を唱ふるに同じ。 我此の歌によりて法を得ることあり。 もしここに至らずして妄(みだ)りに人此の道を学ばば、邪路に入るべし。 上記は、「明恵上人伝記」に見られる、西行法師の言葉です。 歌を詠むことを仏道修行と考え、仏像を彫るごとく歌を詠む、という覚悟のほどが示されていますが、少々カッコつけな感じがしますね。  月を見て 心浮かれし いにしへの 秋にもさらに めぐり逢ひぬる独り草庵で月を見ていて、出家前の、月に浮かれた頃を思い出して感慨にふける歌と見えます。 西行法師らしい感傷が感じられます。 なにごとも 変はりのみゆく世の中に おなじかげにて すめる月かな こちらも月。 何事も変化してやまないのに、太古から変わらず美しい光を放つ澄んだ月を賞賛しています。 ゆくへなく 月に心のすみすみて 果てはいかにか ならむとすらむ またまた月。 こんなに月光に心奪われて、自分はどうなってしまうんだろう、と嘆いています。 自由奔放な歌で、西行法師以前には見られなかった歌風ですね。 心なき 身に...
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