2010-10

スポンサーリンク
映画

モラトリアムの城

昨夜は久しぶりに文芸映画を鑑賞しました。 今年2月に劇場公開された「パレード」です。 東京の片隅でルームシェアをして暮らす4人の若者。 28歳の映画製作会社に勤める健康マニアで夜のジョギングを欠かさない青年、大学三年生の青年、自称イラストレーターでショップ店員の女、恋愛中毒で無職の女です。 気に入らなければ出ていけばいいし、いたければ笑っていればいい、それがルームシェアのルールです。  4人の日常は穏やかに過ぎていきます。 そこへ、自称イラストレーターの女が泥酔して連れてきたらしい18歳の男娼が加わることで、穏やかな日常は、少しずつ狂っていきます。 若者たちのルームシェアは、いつかは終わる夢の空間。 いわば、モラトリアムの城。 その夢を長引かせようとして、ルールが若者たちの心を蝕んでいきます。 藤原達也、香里奈、貫地谷しほり、小出恵介、林遣都といった個性ある役者たちが、激しさを内に秘めながら、静かな良い演技をしています。 抑えた演出が、小さな共同体が人間の集まりであるがゆえに、歪んでいかざるを得ない様を浮かび上がらせます。 後味は悪いですが、名作だと思います。 大声のセリフが無いのが良...
社会・政治

困ったちゃん

どんな組織にも、一人や二人、困ったちゃんがいますね。 腹が立つほど忘れっぽく、しかも重要なことになると必ず忘れるやつ。 意味不明な言葉を並べたて、しかも勝手に興奮して怒鳴り出すやつ。 こちらがお願いしたことを、わざとか、と言いたくなるほど曲解するやつ。 繁忙期に限って休むやつ。(これは私も該当するかもしれません。最も、繁忙期ではなくても休みますが) 国会では、鳩山前総理が該当するような気がします。 最近、次の選挙にも色気が出てきたような発言がありました。 総理を辞任するとき、明確に次の選挙には出ません、引退します、と言ったのに。 普天間問題が迷走したとき、根拠もなく五月末までに結論を出す、と連呼し、腹案があるとまで言っておきながら、期限が過ぎると、勉強すればするほど沖縄の米軍基地の重要性が分かってきただなんて、他人事のようなことを言ってみたり。 先の民主党代表選で、小沢先生には総理にまで導いていただいたから、小沢先生を支持するのが大義だなんて、政策なんてどうでもいいと言わんばかり。 飯を食う合間に10分ほどオバマ大統領に叱られたことを、大統領と会談できて良かった、なんて脳天気過ぎますよ...
社会・政治

地球市民

昨日アップした人間である前にを読み返して、存在がゆらいでしまうような社会状況に置かれた人々のことに思いが至らなかったことに気付き、少々反省しています。  例えば日本生まれ日本育ちで日本語しか話せない在日韓国人。 彼らは海外旅行をするときは大韓民国のパスポートを所持するわけですし、外国で国籍を問われれば韓国と言うのでしょう。 住まいがある日本に帰るときは帰国ではなく再入国。 幼い頃から朝鮮民族の伝統文化を教わっても、日本に生まれ育った在日韓国人と、朝鮮半島に生まれ育った韓国人では、異なることでしょう。 日本に帰化する、という方法もありますが、なかなか踏ん切りがつかないように聞きます。 また、バングラディシュのお年寄りは、生まれた時は英国領インドの臣民。その後インド独立に伴ってインド人。パキスタンの独立に伴ってパキスタンの飛び地であった東パキスタンに住むパキスタン人。そしてバングラディシュ独立によりバングラディシュ人になったわけです。 一生同じ土地に住んでいるのに、しょっちゅう国籍が変わるというのはどういう気持ちなのでしょう。 ロシアは、ロシア帝国からソヴィエト連邦になり、ロシアになりまし...
社会・政治

人間である前に

我々は人間である以前に日本人である。 保田與重郎の「述史新論」に見られる言葉です。 何と重苦しい言葉でしょうか。 私たちは、戦後教育のなかで○○である前に人間である、と教わってきました。 私も今日の今日までそう思っていました。 この言葉は今日の産経新聞の正論に紹介されていました。 孫引きを承知で、ここに記事にします。 この島国に生まれ育った人々は、否応なく日本人でしかなく、意識するしないに関わらず、長い日本の伝統を背負って生きています。 日本語を話し、箸で飯を食い、味噌汁を飲んで、靴を脱いで家に上がり、ソファーがあっても床座りしてソファーの足の部分を背もたれにしてみたり。 花鳥風月を愛で、何かと言うと酒を食らう。 息の一つ一つが、人間である前に、日本人としての所作なのですね。 これは逃れられない宿業とでも言うべきもの。  それはどこの国、どの民族に生まれようと同じこと。 自らが所属するコミュニティーが育んだ伝統から逃れることはできません。 つまり、誰であっても、我々は人間である以前に○○人なのです。 保田與重郎というと、どんなイメージを持つでしょう。  日本浪漫派の重鎮。戦後、著作のほ...
思想・学問

ドイツ刑法175条とソドミー法

キリスト教国家の多くで、かつて同性愛を神の教えに背くものとして、罰していました。 なかでも苛烈を極めたのは、ナチス政権下のドイツでしょう。 ドイツ刑法175条は、以下のように定めています。男子間又は人獣間に於てなしたる天理に背く猥褻の行為にありては禁錮を以て処刑せらるるものとす。其他公権剥奪を言渡さるることあり。 ワイマール憲法下のドイツではこの法律はほとんど無視され、男性も女性も同性愛者は堂々と暮らしていました。 しかしナチが政権を握ると、社会に害を与えるとして、男性同愛者を収容所に強制連行し、虐殺したり、強制的に去勢したりしました。 女性同性愛者は矯正可能とみなされ、矯正措置=強姦が行われ、妊娠・出産を求められました。 この悪法が廃止されたのは東西ドイツ統一後、1994年だったというから驚きです。 米国に至っては、2003年に連邦最高裁判所で違憲判決が出るまで、ソドミー法という肛門を使った性交を犯罪とする法律が多くの州で施行されていました。 要するに男女間であっても肛門では生殖行為にならず、神の教えに反するということのようです。 それなら自慰行為に耽ったり、オーラルセックスを楽しん...
スポンサーリンク