2010-12

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その他

兄弟

先ほどドキュメンタリー番組で、沖縄出身の日系アメリカ人の兄と沖縄にとどまった弟が再開する様子を見ました。 兄は92歳、弟は82歳。 終戦間際、兄はアメリカ兵として故郷沖縄に上陸、当時16歳の弟は鉄血勤皇隊として、郷土防衛にあたっていたそうです。 日系アメリカ兵はもっぱらヨーロッパ戦線に送られた、と聞いていましたので、沖縄に上陸した兵がいたことは意外でした。 しかも兄は故郷名護に住んでいたはずの家族を捜索。 名護市に隣接した山中深くで家族を発見したというのです。 弟は銃弾が貫通、背中から肋骨が飛び出している重傷ながら、敵に投降することを潔しとせず、兄の説得に頑として応じなかったとか。 しかし父親の粘り強い説得に応じ、投降。 兄とはろくに言葉をかわさず、戦後兄はアメリカに帰国して庭師に、弟は大学教授になり、名桜大学を名護に設立、初代学長を勤めたそうです。  死期を悟ったか、兄が65年ぶりに故郷名護の戦没者慰霊式に出席のため来日、弟と再会を果たしたのでした。 その再開は、じつに淡々としたものでした。 握手をして、二言三言言葉を交わしただけ。 再会を喜ぶ風でもなく、かといってかつての敵を責める...
社会・政治

お笑い

お笑いというものは、時としてコントや落語よりも大真面目な所業に宿るものです。 そのことを実感させてくれたのが、偉大なる中華人民帝国主義共和国でしょう。  孔子平和賞のぶちかまし。  どんなギャグよりもインパクトがあります。  しかも受賞者が受賞を辞退というより拒絶したのはもちろん、本人に受賞の通知すらしていなかったという見事な予定調和。 授賞式ではなぜか、受賞者とされた台湾の元副総統の代わりに、何の関係もない少女がトロフィーを受け取ったとか。 どなたの発案かは存じませんが、なかなか遊び心のある通人と見ました。 こんな素敵なお笑いを大真面目にやって、国際社会から爆笑ならぬ失笑を買っても、恬として恥じない芸人魂を世の喜劇人は学ぶべきでしょう。 偉大なる中華人民帝国主義共和国に、座布団100枚。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
社会・政治

診察

今日は二週間に一度の診察でした。 診察といっても、私は今寛解状態にあるので、とくに相談はありません。 近況報告みたいなものです。 それでも私の主治医は、三分診療のようなことはしません。 私の口調や表情などから、容態を見極めようとしているようです。 精神科でも、ほとんど話しを聞かずににいつもの薬を処方して終わり、という医者が多いなか、良心的な医者だといえます。 初診のときは一時間ちかく時間をさいてくれました。 精神科は腕よりも相性。 前かかっていた医者は無常を漂わせ、患者がほしいという薬をそのまま処方し、書いてほしいといえば患者が望むとおりの診断書を書いてくれました。 私が仕事を辞めたいと言ったら、辞めるしかないと言いました。 うつ状態のときは重大な決断をしてはいけない、というのが素人でも知っている常識なのに。 今の医者に代えて本当に良かったと思います。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
その他

大規模修繕工事

今日は午前中、マンション管理会社による大規模修繕工事の説明会がありました。 私は今住んでいるマンションを11年前、新築で購入しました。 まだ室内は新しい感じがしていたのですが、管理会社によると、数年以内に外壁や塗装などの修繕を行う必要があるそうです。 月々徴収されている修繕積立金によって工事を行うことになりますが、わずか47戸の小規模マンションでも、大規模修繕工事には5000万円くらいかかるとか。 びっくりしました。 私は今のマンションに一生住むつもりで買いましたので、修繕工事はやむをえないかなと思います。 まだローンも残っているし、できれば月々の修繕積立金を下げてほしいんですけどねぇ。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
仕事

月給泥棒

日経新聞の調査で、仕事について聞いたところ、「仕事はお金を稼ぐ手段に過ぎない」と答える割合は、一般社員では44.5%、課長職38.5%、部長職33.9%だったそうです。 意外に少ない、というのが私の実感です。 仕事は生活を維持するために仕方なく行うもので、お金を稼ぐ手段にすぎない、と考える人が90%以上いるだろうと思っていましたので。 しかも役職が上がるほど、仕事は金を稼ぐためだけではないと考えるようになるとは、不思議です。 役職が高いほど給料も高いのに。 すると仕事にやりがいやら生きがいを感じている人がヒラ社員でも半分以上いるんですねぇ。 なんだか羨ましいような。 就職して19年、仕事が楽しかったとか、やりがいを感じた、という記憶はほとんどないですねぇ。  年度末決算で、締切の日、どうしても数字が合わず、経理部職員全員で徹夜して電卓たたいたり、システムいじったりして、夜が白々と明けてきたときもうダメだ、と思ったらぴったり合った時は泣けてくるほどうれしかったですね。 それとある部署から異動する時、部長から、「この人がいたから数々のトラブルを乗り越えられた」と言われた時は、お世辞だとわか...
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