2011-02-14

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社会・政治

昭和

1975年、昭和天皇は米国を訪問されました。 そのときの米国人の反応は、なかなか興味深いものです。 最も多かったのは、まだ生きていたのか、というものだったそうです。 30年前はヒトラーやムッソリーニと並んで、最も憎らしい敵国の指導者だった人物が、今なおその地位にあって、何の責めも受けていないことは、驚嘆すべき事実であったのでしょう。 そしてもう一つ、記者会見で、戦前と戦後で日本人の価値観はどう変化したかを問われ、基本的には何も変わっていない、と答えたことが、米国人の驚愕を増したそうです。 軍国主義の奴隷であったはずの日本人は、戦後、連合国によって解放され、民主化したはずでしたが、当の日本国民の象徴が戦前も戦後も変わりは無いと言ったのだから、連合国側に立って戦った人々は浮かばれないでしょう。 それどころか、変化がないとすれば、チャンスさえあれば再び奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれない、という恐怖を抱いたことでしょう。 終戦直後、米国においても英国においても、7割を超える人々が昭和天皇を処刑すべきだと考えていました。 しかし天皇を処刑したら日本国民が怒ってちょうど今のイラクのように次から次へ...
文学

村上春樹のふるさと

かつて近代日本文学者は、ふるさとを詠いました。  室生犀星の、 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたうもの(後略) しかり。 石川啄木の、 ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆくしかり。 田舎から東京に出てきた文学者というものは、良くも悪くもふるさとへの思い入れがたっぷりです。 しかし、マス・メディアの発達によるものか、現代文学者はあまりふるさとを意識しないようです。 その最たる例が村上春樹でしょう。 彼は京都で生まれ西宮で育ち神戸で高校時代をおくった生粋の関西人です。 しかし彼の作品からはその匂いがしません。 そもそも一連の小説群は日本ですらなく、無国籍なものに感じます。 両親が国語教師で、始終日本文学の話をするのに嫌気がさして西洋文学にのめり込んでいたとは言いますが、言葉というものは本来民族や土地に根差したものでしかありえず、バタ臭いのを売りにするのは嫌味ですらあります。 村上春樹のふるさとは、どことも知れぬ無機質な人工世界なのではないでしょうか。 村上春樹という人にまつわる存在の希薄さは、以前このブログでも書きました。 それが海外から高い評価を受け...
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