2011-02-19

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映画

チャイルド・コレクター

雨の多い町で幼女連続殺人が起きる映画「チャイルド・コレクター」を観ました。 幼女の遺体はいずれも沼や池で発見されており、この映画が水と深い関係にあることを連想させます。 デニス・ホッパー演じる定年間近の老刑事が事件を担当します。 一方、警察署長は、市長に命じられてマフィアのボスに犯人の暗殺を依頼します。 狂犬のような二枚目のマフィアが犯人を追い詰めていきます。 老刑事と家出した娘との再会、犯人の少年時代のトラウマ、市長や警察署長とマフィアとの癒着。 あまりに多くの題材を取り込みすぎて、かえって薄味の映画に仕上がっています。 善人面した老刑事が、最期には怒りを爆発させて、この映画には悪人しか出演していなかったことが知れます。 あまりにも多くの狂気を演じてきたハリウッドの異端児、デニス・ホッパーが渋い良い味をだしていましたが、彼には役不足だったのではないかと思います。チャイルド・コレクター~溺死体~ デニス・ホッパーエムスリイエンタテインメント↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
思想・学問

孤独死

最近大マスコミで無縁社会やら孤独死やらを多く取り上げますね。 無縁社会はプライヴァシーの重視や個人の尊重などの新しい価値観がもたらしたもので、それ自体は悪いことではありません。 また、無縁というのは個々人の感じ方の違いで、同じ境遇にあっても平気な人もいれば無縁だ、と言って苦しむ人もいます。 客観的な無縁社会なんてありえません。 君子の交わりは淡きこと水の如し と、「荘子」にあります。  また、  犀の角のようにただ独り歩め と、「スッタニパーダ(原始仏典)」にあります。 人は人との交わりを減らして、己一人の内奥を探索すべきだということでしょう。 孤独は求めるもの、怖れるものではありません。 また、孤独死といいますが、孤独でない死というのはあるんでしょうか。 おそらく死に至る一定の期間孤独に苦しんだ、ということで、死そのものは孤独でしかありえないものです。 死の床に百人もの家族・親族・友人・知人が集ったところで、死が持つ本来的な孤独は解消しえないでしょう。 むしろ、こいつらは元気なのに俺だけ死ぬとはなんと孤独なことだ、と孤独感を深めるかもしれません。 死が孤独で怖ろしいものであることが自...
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