社会・政治 福祉の街
大阪万博などの高度経済成長期の様々な仕事を支えた人々に、あいりん地区の日雇い労働者がいますね。 彼らは屈強な単身男性が多く、いわゆる寄せ場を形成して、仕事に精をだしました。 ドヤなどと呼ばれる安価な宿泊所を定宿とし、仕事にあぶれて蓄えもなければ公園などで野宿も厭わない、日本経済の最底辺を力強く支えた男たちです。 バブル崩壊前までは、あいりん地区は日雇い労働者の街でした。 しかしバブル崩壊後、日雇いの求人が激減。 加えて日雇い労働者たちが高齢化したため、生存そのものが危ぶまれる状況に陥り、教会などが炊き出しを行ったりして、働かなくても食える、福祉の街になってしまいました。 そのためかつては日雇い労働者の労働環境や労働条件の向上を目指していた社会運動は、日雇い労働者の生存を守る運動になりました。 そして生まれたのが、仕事にあぶれた高齢労働者を行政が雇い、道路掃除などをさせる、公共事業です。 日雇い労働の求人は最盛期の三分の一にまで落ち込んでいると言いますから、道路掃除も焼け石に水といったところでしょうか。 その上暴力団が路上生活者を大量に拉致同然に連れて行き、アパートに住まわせて生活保護...