2011-08-06

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思想・学問

弥陀めに聞けば

かつてわが国には、寺院に属せず、宗派も定めず全国を修行して歩く遊行僧という坊主たちがいました。 乞食坊主と言ったほうが実態に近いかもしれません。 そんな中、木喰(もくじき)上人と呼ばれる、彫刻家にして和歌というより狂歌にちかいユーモラスな歌を詠んだ僧がいます。 仏法に こりかたまるも いらぬもの 弥陀めにきけば 嘘のかたまり 仏教者の作るものではありませんね。 仏法にこだわったって仕方ない、仏は嘘ばっかりついている、ということでしょうか。 相当なひねくれ者だったと見えます。 そして彫るものはというと、こんな感じです。     歌と一緒で、ユーモラスですね。  念仏に 声をからせど音もなし 弥陀と釈迦とは 昼寝なりけり 大胆で豪快な歌ですね。 鬼面人を驚かすが如き行いを好んだようです。 歌や仏像を見ていると、この人は宗教家というよりは、やんちゃな芸術家だったのではないかと思います。 リベラル・アートとしての芸術という概念は、明治時代に至るまでわが国には存在せず、西周がこれを藝術と訳してから、職人とは違う、おのれの魂に忠実な芸術家というものが生まれたわけで、木喰上人のごときはおそらくおのれ...
映画

JIGSAW デビルズ・ゲーム

昨夜は「JIGSAW デビルズ・ゲーム」を鑑賞しました。  殺人動画を作製、販売する殺人鬼のインタヴューに成功した映像作家。 殺人鬼の話を聞き、その動画を観るうちに、殺人鬼にのめり込み、他のことが考えられなくなります。 「ステーキを食いたければ牛を殺さなければならない。しかし多くの人は肉を食いたがるが、牛を殺すやつのことは考えない。殺人も一緒だ。殺人現場を見たがるが、自分が殺すことは考えない」 これが繰り返し語られます。 次第に殺人鬼の幻想に執りつかれる映像作家。 殺人鬼の言葉を聞き、殺人動画を観た者はみな、精神を蝕まれていきます。 自由自在に現れ、映像作家とその家族や友人を惑わす殺人鬼。 どこまでが本物の殺人鬼で、どこからが殺人鬼の幻なのか、わけがわからなくなります。 あるいは殺人鬼は存在しないのか、生霊なのか。 全身黒尽くめの殺人鬼がスタイリッシュに描かれ、観る者を幻惑します。 そして悲劇的なラスト。 良く出来た心理サスペンスです。 一見の価値ありです。JIGSAW デビルズ・ゲーム ダグラス・A・レインアルバトロス ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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