2011-09

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社会・政治

敗戦

わが国では、終戦というと、昭和天皇による玉音放送を全国民に向けて流し、ポツダム宣言を受諾する、という旨を伝えた8月15日をもって、その日としていますね。 しかし連合国側では、この日を単に戦闘が終わった日、とし、正式には今日、9月2日を終戦の日としているそうです。 1945年9月2日、米戦艦ミズーリ号で重光葵を全権として、降伏文書に署名が行われました。 米国は大日本帝国に屈辱を与えるため、ペリー提督が掲げていた90年前の星条旗と、真珠湾奇襲攻撃の朝ホワイトハウスに掲げられていた星条旗の2つの旗を掲げました。 真珠湾がきっかけとなって、90年越しの敵を打ち砕いたと言いたかったのでしょう。 図らずも、米国はペリーの時代から太平洋の覇権を狙い、そのためには日本が邪魔だった、ということを告白しているようなものです。 なんという愚行。 重光全権に対し、下士官兵からは罵詈雑言の嵐で、将校らは別にそれを止めようともしなかったと言います。 わが国にとっては、国恥記念日としか言いようのない日です。 ミズーリは朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争と戦い続け、1992年に退役し、現在はハワイで一般公開されているそ...
社会・政治

野田内閣発足

野田内閣が今日発足しましたね。 官房長官は野田側近で寝業師の藤村修、財務大臣に安住淳、総務大臣に川端達夫などが並んでいます。藤村修官房長官です。  小沢一派にも気を配り、総主流派体制を目指しているようです。 その戦略が吉と出るか凶と出るか、天のみぞ知る運命ではあります。  発言や物腰に安心感があるのが、今国民に受ける最大の理由でしょうねぇ。 前の二人がいかにも危なっかしい政権運営をしていたから、なおさらですねぇ。 私の願いは二つ。 増税をしても良いから、震災復興を成し遂げ、再び世界を驚かせて欲しい。 それが成ったのなら、保守政治家を自認する野田総理らしく、安倍元首相が成しえなかった憲法改正を成し遂げて欲しい。  日本が戦後迷い込んだ魔術的思考=平和を念じれば平和は維持される、から脱却し、世界標準の国家になってほしい。 憲法1条~第8条を削除して天皇制を廃止し、第九条の二項を改正して、前項の目的を達するため、自衛のために必要な陸・海・空軍を保持する、と改正し、第86条は予算の繰り越し越し積立を認めるよう改正し、96条を改正して国会議員の過半数で国民投票ができるようにする、といった改正を、...
精神障害

金曜日

蒸し暑い日が続いたせいか、今週はいつもに増して、長く感じました。 やっと金曜日になりましたが、天気は荒れ模様。 台風は明日が本番だとか。 明日は車の小傷を直すために車を朝8時に車屋に持っていき、歩いて帰らなければなりません。 代車を頼みませんでしたから。 引取りは日曜日の夕方になります。 しかも明日は夕方診察があるので、いつもは車で通っているところ、電車で行かなければなりません。 千葉駅周辺にある精神科クリニックで、千葉駅までは私の家の最寄り駅から6分。 近いのですが、どしゃ降りとなると、はるか彼方に感じます。 悪いタイミングで小傷の修理を入れてしまったものです。 診察も、体調が悪い時は待ち遠しいような感じでしたが、今は調子が良いので、薬をもらうのと、減薬の相談くらいで、億劫なばかりです。 今、私が受け持っている仕事はごくわずかで、むしろ私の下に10人いる職員や非正規雇用からの相談に乗ったり、彼らが作った書類をチェックしたり、場合によっては指示したり、ということのほうが主になっているような気がします。 管理職ではないんですけどねぇ。 考えてみると、発症から8年目、休んだ期間が3回に分け...
映画

コリン LOVE OF THE DEAD

製作費45ポンド(約6,000円)という驚異の低予算で作られた逆転のゾンビ映画、「コリン LOVE OF THE DEAD」を昨夜鑑賞しました。 これまで、ゾンビ物と言われるジャンルの映画はあまた作られてきましたが、ゾンビの視点から描かれた作品は初めてじゃないでしょうか。 死者が甦り、人を襲い、襲われた人は死んでしばらくすると、ゾンビとして甦り、人を襲う、という正統的な設定(最近はゾンビ・ウィルス感染者で、死者ではない、というゾンビ映画が多い)。 うようよいるけど動きは緩慢で、数に圧倒される、というパターンも正統的。 しかし決定的に違うのは、主人公コリンが冒頭、ゾンビに噛まれてゾンビになってから、人肉を食いたいというゾンビの本能に従いながらも、地獄と化したロンドンの街を彷徨い、恋人と暮らした家を目指す、というゾンビ目線で作られていること。 ゾンビの目から見ると、人を食いたいという本能を持ちながらも、人は様々な武器で武装した恐るべき殺戮集団に見えます。 化け物を主人公にした映画では、化け物の悲しみを詠うことが定石ですが、今作もそうした作りになっています。 ゾンビと言っても、もとは人間。 ...
文学

太陽と月に背いて

私はかねてより、西洋の詩が苦手です。 翻訳すると、日本語として、こ慣れていない感じがして、どうにも恥ずかしいのです。 そういう意味では、上田敏訳の「海潮音」などは、七五調に整えられ、例外的に好む数少ない詩集です。 不思議なのは、日本人によって日本語で書かれた自由詩も、もう一つ気に入らないことです。 まして俵万智が始めた現代語での和歌など、虫酸が走ります。 やっぱり日本の詩歌は、定型の文語文がしっくりくるようです。 日本語は世界で最も詩歌に適した言語だとされますが、それも伝統に則った型にはめてこそ。 自由に作れるということは、それだけ無駄な文句が増えるというものです。 以前、といってももう16年も前ですが、フランスのデカダンス詩人、ランボーとヴェルレーヌとの葛藤を描いた映画を観たことがあります。 「太陽と月に背いて」です。 天才少年詩人、ランボーを、レオナルド・ディカプリオが演じて、その美少年ぶりはなかなかのものでしたが、映画そのものは、ゲイのポルノのように下品なものでした。ランボーです。 映画のなかで、ランボーやヴェルレーヌが自作の詩をうっとりと詠みあげるシーンが何度かありました。 私...
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