映画 壮大な無駄
映画というのはそもそも壮大な無駄であり、さらに言えば物語や芸術作品はすべて壮大な無駄と言えるでしょう。 しかし人というもの、衣食が足りると必ず無駄を求めるかのごとく、あまたの無駄が作られてきました。 私が偏愛する映画監督、ヴィム・ヴェンダース監督の作品はことさら、無駄に長く、無駄な行いを撮影しているようで、それが不思議と心に沁みます。 冷戦時代のベルリンを舞台に、中年男の外貌をした二人の天使のくどくどしい独白を描いて、当時大評判を呼んだ「ベルリン 天使の詩」。 失踪して米国大陸を彷徨い、行き倒れになった男が幼い息子と再会し、出て行った妻を求める旅を描いてロード・ムーヴィーの金字塔と評され、カンヌでパルム・ドールを受賞した「パリ、テキサス」。 近未来、甘美で怖ろしい自らの夢の世界に溺れ、まるで薬物中毒のようになってしまう人々を描き、退行への暗い欲求を描いた愛おしい作品「夢の果てまでも」。 リスボン市の依頼でリスボンを舞台にすべての映画へのオマージュを捧げた「リスボン物語」。 ドイツ人作家と、母を見失った少女アリスとの不思議な旅を白黒で旅情豊かに謳い上げた「都会のアリス」などなど。 これら...