2012-03

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文学

はるともしらぬ

もう三月も上旬を終えようと言うのに、外は冷たい雨が降っています。 今にも雪に変わりそうです。 寒いんだかあったかいんだかはっきりしろ、と言いたくなるような、日替わりで寒暖が入れ替わる日々が続いています。かきくらし 猶ふる雪の さむければ はるともしらぬ たにのうくひす 「金塊和歌集」の「春」にみられる源実朝の和歌です。 こう冷たい雨が降り続いていれば、谷の鶯どころか、事務所のおっさんでさえ、春とも知れません。  しかし春先に変に冷えるということはよくあって、だからこそ上のような歌が詠み継がれてきたのでしょう。 そうであれば、この寒さをも、春の風情と楽しむのが上策なんでしょうが、病み上がりの身には応えますねぇ。 源実朝という歌よみ、辛口で知られる正岡子規から高い評価を受けています。 実朝といふ人は三十にも足らで、いざこれからといふ処にてあへなき最期を遂げられ誠に残念致し候。あの人をして今十年も活かして置いたならどんなに名歌を沢山残したかも知れ不申候。とにかくに第一流の歌人と存候。 べた褒めですね。 気持ち悪いくらい。 でもそういう優れた歌よみが、鎌倉幕府の将軍を継がなければならない立場だ...
その他

もうしば漬けは食えない 追悼 山口美江さん

山口美江さんが亡くなったそうですね。 まだ51歳だったとか。 やれませんねぇ。 死因は心不全。 要するに謎の急死ですねぇ。 私が高校生の頃、CNNヘッドラインのキャスターとして得意の英語力を生かし、鮮烈にデヴュー。 バブルの予感高まる頃、男女雇用機会均等法が成立。 バリバリ働く女性が格好良いとされていました。 CNNキャスターでバリバリ働く姿を見せつけた後、疲れたキャリア・ウーマンが帰宅するなり「あぁ、しば漬け食べたい」とつぶやくフジッコの漬け物のCMで大ブレイク。 女たちも疲れているのよ、という強烈なメッセージを発しましたね。  タレントとして大活躍しましたが、お父様の介護で大変な経験をされたようです。 認知症を患ったお父様からプロポーズされた、という逸話は衝撃でした。 お父様を深く敬愛して、生涯独身だったと聞きおよびます。 バブルをうまく利用した1人でもありました。 バブルは遠くなりにけり、ですかねぇ。 ご冥福をお祈りします。ソフト漬物 赤しば漬フジッコフジッコ女ひとりで親を看取る山口 美江ブックマン社にほんブログ村エンターテインメント ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してラ...
精神障害

空白不安症候群

耳慣れない言葉を聞きました。 空白不安症候群というのです。 これ、手帳に予定がびっしり埋まっていないと不安になる、という症状だそうで、特に休日に空白なのはまずいんだとか。 もともと勤勉な日本人には、そういう傾向が見られましたが、バブル期、仕事も遊びもいっぱいいっぱいというのがデキル男女の証明であったこともあり、40代~50代にとくにみられる症状だそうです。 そういえば私の周りにもいました。 それ、予定って言えるの?みたいな予定を手帳に書き込んで喜んでいるやつ。 1人でスポーツジムに行く、とか、1人で行きつけの飲み屋に行く、とか。 そんなことまで手帳に書かなくたって、行きたくなったらふらっと行けばいいのにねぇ。 私は最後のバブル就職組ですが、手帳は持ち歩いていません。 就職して20年、手帳を持ったことがないのです。 私の予定なんて、職場の卓上カレンダーに全部収まってしまいますから。 土日の予定なんて、その日の朝決めるのです。 一日ごろごろしていよう、とか、散歩に出かけようとか、映画でも観るか、とか。 休日の予定が前から決まっていると、なんだか仕事に行くような気分になってしまいます。 現に...
文学

火垂るの墓

テレビをつければ震災から一年の特集番組ばかり。 気が滅入ります。 まぁ、見なきゃいいんでしょうけど。 昭和20年3月10日の東京大空襲は過去へと忘れ去られたようですね。 それでいいのです。 いつまでも過去にこだわっていては、人間生きていけませんから。 東京大空襲が主舞台ではありませんが、戦地ではなく、内地での悲劇を描いた作品として、「火垂るの墓」を想わずにはいられません。 神戸の空襲で寄る辺を失った14歳の少年と4歳の妹の哀れな最期を描いた作品で、野坂昭如独特の饒舌な文体が涙を誘います。 戦後7日目にして妹は衰弱死。 荼毘に付した後、兄はドロップ缶に妹の遺骨をいれて持ち歩きます。 しかし、駅のホームで寝泊まりする戦災孤児となった少年も衰弱死。 遺体を片付けようと駅員が少年のドロップ缶を放り投げると、それは草むらに落ち、無数の蛍がドロップ缶に群がったというのです。 切ないですねぇ。 国家が総力を挙げて戦っているとき、個人の幸不幸はどうでも良くなってしまうようです。  まして天変地異であればなおさら、1人1人の事情など関係なく、地震や津波は人を襲うでしょう。 スピッツのボーカルが、東日本大...
文学

最後の教育

安岡章太郎の自伝的作品に、「海辺(かいへん)の光景」という小説があります。 教育ママだった母親が認知症を患い、精神病院に入院。 主人公は母親の最期を看取るため、10日ほどその病室で精神的におかしくなった母親と過ごします。 父との不仲、母への愛憎が率直に語られ、胸を打つ作品に仕上がっています。 私が父を最期に見舞ったとき、もはや虫の息で、その翌日には亡くなってしまったわけで、あるいは父は私に対する最期の教育を怠ったのかもしれません。 苦しみ衰えていく怖ろしい姿を見せ、人は最期はこうやって苦痛にのたうちながら死んでいくのだ、という恐怖の、そして真実の教育を。 安岡章太郎の母親は恍惚の人となってしまったその姿を息子にあますところなく見せつけ、安岡章太郎は壊れいく母を見ながらどうすることも出来ない、という喪失を長く感じさせられ、人の死についての最期の授業を受けたと言えるのではないでしょうか。 それを受けて、息子はその母親の子供であるということだけですでに充分に償っているのではないだろうか?、と独語する主人公のやりきれなさには、涙を禁じえません。 ずいぶん前に読んだ小説ですが、鮮烈な印象を残して...
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