2012-03

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文学

啓蟄

今日は啓蟄ですね。 啓蟄らしく、20度ちかくまで気温が上がり、今日はコート要らずでした。 私が予言したとおり、涙雨は昨日でやみ、今日は亡父の魂が極楽へと往生するのを寿ぐ陽気になりました。  どこまでも強運な男です。 啓蟄といえば、 啓蟄や 日はふりそそぐ 矢の如く  高浜虚子  と、いう力強い句を思い起こします。 一方、   啓蟄の 蛇に丁々 斧こだま 中村汀女 というのも、どことなく薄気味悪い感じで良いですねぇ。 でも考えてみると、暖かさに土中の蟲どもが這いだしてくるというわけですから、もともと気味の良いものではありますまい。  まぁ、蟲のことは考えず、春の訪れを寿げば良いのでしょうね。中村汀女 俳句入門中村 汀女たちばな出版虚子五句集 (上) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店虚子五句集 (下) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

辞世のことば

わが国には、死に際して、辞世の歌や句、漢詩などを残す風習がありますね。 思いつくまま並べてみると、 身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂                                                      吉田松陰の辞世です。 明治維新の精神的支柱となった人だけあって勇ましいですね。 風さそう 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん       ご存知忠臣蔵の悲劇の殿様の歌です。 腹を召そうという直前、庭先で詠んだとはにわかには信じがたい、狂おしいほどに美しい辞世です。 辞世といったら、浅野の殿様の歌に止めを刺すかもしれません。 散るを厭う 世にも人にも先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐 三島由紀夫の辞世です。 ああいう死に方ですから仕方ないですが、どこかわざとらしく、人の心を打ちません。 磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む ぐっと時代がくだって有間皇子の辞世です。 これから処刑されに行くのに、また還り見むというのが哀れをさそいますねぇ。 この世をば どりゃお暇(いとま)に 線香の 煙とともに...
仕事

仕事

今日からとりあえず今週いっぱいは出勤します。 来週の木金が通夜、告別式なので、来週は火曜日あたりから特別休暇を取ろうかと思っています。 それにしても父が亡くなってわずか二日後に、通夜も告別式も済まぬまま出勤するとは、間が抜けていますねぇ。 だいたい虚脱状態の今、まともに働けるんでしょうか。 しかし特別休暇は、実の親が亡くなった場合、連続する7日間までと定められており、出勤しないわけにはいきません。 ここ4日くらい続く風邪も続いています。 私が出勤したら職場のみなさんも驚いちゃうでしょうねぇ。 まぁ、仕方ありません。 生きている者にはそれなりの義理や事情がありますから。にほんブログ村 人気ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
その他

死に顔

亡父の通夜が3月15日、告別式が16日と決まって、あまりに遠いため、午後実家に死に顔を見に行きました。 静かな顔でした。 線香をあげて顔を見ても、不思議なほど何の感慨もわきませんでした。 冷たい倅ですね。 亡父は西行法師の和歌をこよなく愛していました。 病の床にあって、「山家集」をひもといていたくらいです。山家集 新訂 (岩波文庫 黄 23-1)佐佐木 信綱岩波書店 その辞世、 願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月の頃 には、少し早かったようです。 しかしせっかちな亡父のこと。 花なんぞ待っていられなかったのでしょう。 それにしてもわが実家には、佃煮にするほど坊主が集まり、檀家の世話人も交えて誰が葬儀委員長をやるだの導師をやるだの、どうでもよいことを話し合っていました。 なるほど葬式というものは、生き残った者のためにやるのだなぁと、感じ入ったしだいです。にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
その他

涙雨

亡父の死を悼むかのごとく、涙雨が時に弱く、時に激しく降っています。 私は通夜と告別式の日取りが決まるのをただマンションで待っているだけ。 実家ではさぞかし大忙しでしょう。 手伝いに行きたい気持ちはやまやまですが、かえって足手まといになるだけでしょうから、実家からのお呼びを待つ他ありません。 実家は日蓮宗の寺院ですが、父が13歳のときに祖父が急死。 それから26歳で住職におさまるまで、ずいぶんと苦労したように聞きました。 しかしその後は、宗門で出世街道をひた走り、全国青年委員長、宗議会議員、総合企画部長、そして日蓮宗宗務総長と、事務方のトップへと駆け上がりました。 引退してずいぶん経ちますが、おそらくは通夜、葬儀も盛大にならざるを得ず、それだけに日取りの決定に時間がかかっているものと思われます。 強運の持ち主だった亡父のこと、日取りさえ決まれば涙雨はきれいに上がり、極楽往生を寿ぐかのような晴天に恵まれるものと信じています。
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