2012-04-10

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社会・政治

交通安全

最近、やけにおまわりさんがあちこちに立っているなと思ったら、春の交通安全運動を実施中だったのですね。 べつにやましいことはありませんが、なんとなく、ものものしい感じがして、嫌ですねぇ。 そう言えば今日は、交通事故死ゼロを目指す日、なんだそうです。 1968年に統計を取り始めて以来、死亡事故が起きなかった日は一日も存在しないことから、内閣で交通死亡事故が起きないことを願い、2008年から死亡事故防止を呼び掛ける日となったそうです。 私の兄も交通事故で瀕死の重傷を負い、奇跡的に助かった、という経験があります。 教習所では、車は凶器だ、と繰り返し習いました。 ほんの10数年前までは飲酒運転が横行していましたが、厳罰化に伴い、私のまわりにアルコールを喰らって運転する者はいなくなりました。 車というのは便利な道具ですが、リスクも大きいですね。 車にはねられ、被害者になってしまうリスク、人をはね、加害者になってしまうリスク。 私は車通勤なので、加害者になるリスクが大きいのでしょう。 しかしだからと言って、もう二度と車を運転しない、というわけにはいきません。 せいぜい注意する、ということでしょうか。...
思想・学問

おばけ

私は時折、そこにいないはずの人を見てしまう、という不思議な経験をしてきたことは、このブログに何度か記してきました。 今朝もそういうことがありました。 朝の車通勤で、私の前方を、大きく手を広げて飛んでいる女を見たのです。 その女は、いずこへともなく飛び去ってしまいました。 今まで何度かそういう者を見てきましたが、害意を感じたことはありません。 私に危害を加えるような気迫を感じたこともありません。 当たり前のようにそこに存在し、ふと、消えてしまうのです。 ちっとも怖くありません。 いわゆる幽霊にしては淡泊だし、化け物や妖怪の類にしては、こざっぱりとしています。 そんなことがあって、私は、幽霊とか言われる者の圧倒的多数は善良で、極悪なのはごくわずかなのではないか、と思うようになりました。 凶悪犯罪を犯す人間はごくわずかで、圧倒手多数は善良な小市民として生きていることを考えれば、至極当然のことです。 そして多分、幽霊にも寿命があるんだろうな、ということも。 古くてもせいぜい落ち武者くらいで、縄文人や弥生人の幽霊を見た、という話を聞いたことがありません。 人は死後、第二のライフステージに入り、5...
文学

春雨の

通勤途中で観る桜、早くも散り始めています。 今週末は桜吹雪のようになっているでしょう。 散る花を涙とみるか死と見立てるかで、趣はずいぶん違ってきますね。 私は長いこと、散る桜に涙を見立ててきました。春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ   大友黒主 この和歌は春雨を桜を惜しんで流す涙だと詠んでいます。 それはまさに桜という花の死を悼むものであったでしょう。 しかし私は、散る桜そのものが、桜にとって血の涙なのだと感じています。桜花散りぬる風のなごりには水なき空に浪ぞたちける   紀貫之 桜が散ってしまった後、その名残に花は空を舞って、波のように漂っている、という桜吹雪の猛烈さを、わりあいと静かに詠んでいます。 私にはそんな生易しいものではないように感じますが。 桜が散って、新緑の季節が訪れれば、一気に首都圏は東南アジアのような猛暑に襲われることになります。 今夏も節電が求められるんでしょうねぇ。 昨年は冷房運転を極端に短くし、仕事にならないような感じだったことを思い出します。 一年は繰り返しのようでいて、じつはすべてが初めてのこと。 平成24年の桜は初めてで、繰り返すこ...
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