2012-06-14

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思想・学問

我思う

体調がすぐれないせいか、仕事をしていても雑念が浮かびます。 昼休みにいたって、それはますますひどくなるようです。 雑念が次から次へと浮かび、手がお留守になるようでは、サラリーマン失格ですねぇ。 そういえば昔、デカルトという哲学者が、ありとあらゆる物の存在を疑い、疑いたおした末に疑いを思念しているおのれの存在だけは疑いえない、として、有名な、我思うゆえに我在りという言葉を残しました。 そうすると雑念に悩まされる私は、まさに在る、ということなのでしょうか。 しかしビアスの「悪魔の辞典」によれば、デカルトは言葉足らずで、正確には、我思うと我思う、故に我ありと我思う、とすべきだと記しています。これはなかなか示唆に富んだ指摘ではないかと思います。何もかもを疑いながらおのれの存在だけは確からしいと感じるのは不思議です。浄土真宗などでは、南無阿弥陀仏と唱えれば極楽往生できると説きますが、南無阿弥陀仏と唱えている自分の口は、自分が唱えているのではなく、衆生を救いたいと願う阿弥陀仏が、衆生の口に唱えさせているのだと言います。 ここに至って、南無阿弥陀仏と唱える行為さえ自力ではなしえず、阿弥陀仏の力=他力...
映画

ラスト・ブレス

昨夜はDVDを鑑賞しました。 「ラスト・ブレス」です。 骨董品店を営む中年女、スーザンは末期のがんと診断され、余命10カ月と宣告されます。 ある時、数奇な運命をたどって彼女の店で売られることになった小さな木箱をネット・オークションに出したところ、非常な高値がつき、インターネットで木箱に刻まれた名前を調べてみると、1930年代に延命治療や難病の特効薬を研究していた医学者の物だと知ります。 さらに調べていくうち、木箱にはその特効薬、ラスト・ブレスが入っていると確信し、鍵が隠された古い本を大金を払って手に入れ、ラスト・ブレスを摂取します。 すると医者も驚く驚異の回復をみせ、末期がんは完治してしまいます。  しかしラスト・ブレスには、凶暴性が高まるという恐怖の副作用があったのです。 ラスト・ブレスは今はの際に吐き出す最後の息を試験管におさめ、それに化学反応を起こさせて精製したもので、蓋を開けると黒い煙のようなものが出て、それを吸い込むことで老化が止まり、すべての病気は完治する、という薬です。 この薬をめぐって、スーザンの周りには不穏な空気が漂います。 ラスト・ブレスを開発したマッド・サイエンテ...
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