文学 濁れる水の流れつつ澄む
9月12日に「なんで?」という記事で、このブログを読んだNHKの記者から、俳句についての取材を申し込まれた、と書きました。 詳しくは、種田山頭火についての取材でした。 あれ、山頭火の記事なんか書いたっけ、と、ブログ内検索をかけてみたら、ずいぶん前に4つほど書いていました。 良く見つけたものですねぇ。 当時私は「山頭火全句集」という書物を手に入れて、行乞の俳人にかぶれていました。 西行、良寛、芭蕉などに連なる、漂白の魂を持った俳人だと憧れてもいました。 で、句についてはかなり語る自信がありますが、俳句というのはどんな人物だったのか、どんな生涯を送ったのかを知らないと深く理解できないところがあります。 その句をいつどんな所で、どんな心持ちで詠んだかを知ることは、俳句理解のうえで極めて重要です。 そこで、来週の取材に備えて「種田山頭火 うしろ姿のしぐれてゆくか」という430ページに及ぶ大部の評伝を今日一気に読みました。 初めて知ることがたくさんありました。 少年の頃、母親が井戸に身を投げて自殺したこと。 青年期の弟が自殺したこと。 曹洞宗で出家得度して僧形で行乞の旅を続け、句作に励んだこと...