2012-09-17

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文学

NHK

NHKの記者から、このブログを読んで、漂白の自由律俳人、種田山頭火への思いについて取材したい旨のメールを受けたことは以前書きました。 山頭火に関して何度か記者とメールのやり取りをしました。 そうしたところ、直接インタビューしてそれを撮影、放送したいことと、できれば日常生活も撮影、放送したい、との依頼がありました。 なんとも奇妙なことになりました。 私のブログには多い日で500IP・3,000PVくらいの訪問があります。 少ないときで200IP・1,000PVくらいでしょうか。 その中にはマスコミで働く人も当然いるでしょう。 しかしまさか私に取材したいとか、放送したいとか言ってくる人がいるとは思ってもみませんでした。 むしろ何かの雑誌に随筆でも書いてくれ、という依頼を期待していました。 それがテレビ番組。 それも天下のNHK。 驚いちゃいますねぇ。 私は精神障害発症以来、基本的に守りの生活を送ってきたように思います。 精神をゆさぶるようなことからは、できるだけ遠ざかって生きてきました。 しかしここらで、この滅多にない機会を、うまく利用してみようかと思っています。 平々凡々たるサラリーマン...
文学

漂白と遁世

昨日山頭火の評伝を読んだせいか、サラリーマンを続ける私の生活に深い疑問を抱くにいたりました。 サラリーマンを続ければ、嫌なことは多かれど、月々お給料を貰えて、安泰な生活を送ることができます。 だからこそ、多くの人々は就職活動をしてサラリーマンになるのでしょう。 しかしそれは、食うために時間を切り売りする行為です。 時は金なり、と申します。 まさに時を金に変える錬金術が、サラリーマンの生き方といえるでしょう。 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。 予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず。去年の秋、江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やや年も暮れ、春立る霞の空に白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。 有名な松尾芭蕉「おくのほそ道」の冒頭です。 やむにやまれぬ漂白放浪への思いが認められています。 これを読んで旅心を起こさぬ日本人がいるでしょうか。 一方与謝蕪村は若い頃芭蕉に憧れて津軽にまで旅をしていますが...
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