2012-09-23

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その他

今日は冷たい雨に閉じ込められて、ごろごろしています。 季節がこんなに早く移ろうものだとは、43年生きてきて気付きませんでした。 もうすっかり、秋ですねぇ。 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋と、秋は四季のなかでも最も過ごしやすい季節。 春のような濃厚な憂愁の気配もありません。 秋を楽しまずして、いつ楽しむ季節がありましょう。 私はとりあえず、食欲の秋を楽しみたいと思っています。 それには切実な理由があります。 3月5日の父の死以来、食欲不振が続いており、7ヶ月弱で体重が18キロ落ちてしまい、なんだかふらふらするというか、力が入らないのです。 父の生前73キロあった体重が今朝は55キロ。 ダイエットもせずにこんなに急激に体重が落ちることがあろうとは思ってもいませんでした。 就職時の体重が53キロで、その下は私にとって未知の世界。 どうしても53キロ以下に落ちるようなことは避けたいと思っています。 できればここいらで体重減少が止まってほしいと思っており、食欲の秋を楽しみたいというわけです。 体重が落ちて良かったこともあります。 以前買ったスーツが着られるようになったこと。 捨てずに取っておい...
文学

放哉

「放哉評伝」を読みました。 山頭火にかまけているうちに、もう一人の自由律俳句の巨人、尾崎放哉について知りたくなったからです。 よく、動の山頭火、静の放哉と言われます。 山頭火が晩年まで各地を行乞の旅を繰り返したのにたいし、放哉はサラリーマン生活を30代半ばで打ち切り、いくつかの寺の寺男や堂守をした後、晩年は小豆島の小さな庵に閉じこもって句作にはげんだからでしょう。 しかし2人には、共通点も多くあります。 ひどい酒飲みであったこと、多くの人に恥じも外聞もなく金の無心をしたこと、俳誌「層雲」の主要な同人であったこと、など。 句風は当然違ったものです。 山頭火は激しく、放哉は寂しげ。 つくづく淋しい我が影よ動かして見る この句は、読みようによってはずいぶん不気味な印象を与えます。 我の付属物であるはずの影と我とを同じ位置に置いて、影に呼びかけているのです。 一日物云はず蝶の影さす ここでも影が重要な暗喩を含んでいます。 こんなよい月を一人で見て寝る この句は放哉が否定した季語があり、わが国文学では重要なモチーフである月が正面から取り上げられ、放哉の芸術的精神がより自由になったことをうかがわせ...
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