文学 喪中葉書
今日は寒いうえに冷たい雨が降り続いています。 先週注文した喪中葉書ができたので、家に閉じこもって喪中葉書の宛名印刷をしています。 といっても、わが家の年賀状は10年も前から筆王で作っていますので、そこに保存されている宛名をただ印字するだけ。 簡単なものです。 例年この時期になると、必ず何枚か喪中の葉書を受け取ります。 多くは友人や同僚の親が亡くなった、というもの。 年齢のせいもあり、ここ数年、親を亡くしたという喪中葉書を受け取る枚数が増えてきています。 それがとうとう、今年は出す側になってしまいました。 そう思ってみると、この冷たい雨が涙雨に思えてくるから不思議です。 人間、生まれるまでは今生では影も形もありませんが、ひとたび生まれれば、約80年、飯を食っては糞をひねり、仕事と称する雑事にかまけ、気がついたら骨になって冷たい石の下。 しかし生まれる前と決定的に違うのは、骨ばかりは何万年も残ること。 化石になってしまえば、人間の時間感覚ではほぼ永久的にその人が生きた証が残ることになります。 死んだら生まれる前と同じになるだけで、地獄も極楽もあるものか、という人がいます。 あの世があるかな...