2013-01

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その他

高見盛関、引退

角界の人気力士、元小結の高見盛関が引退を表明しました。 来場所での幕下陥落が決定的になり、36歳という年齢も考えれば、妥当な判断だと言えましょう。 取組前の独特の力強く、大仰な仕草で気合を入れる姿が印象的でした。 本人によれば、相撲を取るのが怖くてしょうがないため、自分を奮い立たせるためにやっていたのだとか。 多くの人に愛される、人の良さそうなお相撲さんでした。 その筋肉質な体から、ロボコップなんてあだ名されていましたね。 人気力士が引退するのは寂しいですねぇ。 今後は年寄、振分を襲名し、部屋付き親方として後進の指導にあたるそうです。 きっと若い衆から慕われる、良い親方になるものと思います。 若貴ブームの頃に比べて、新弟子は三分の一くらいに減っているそうで、大相撲の将来が心配です。 何度か升席や砂かぶりで大相撲を観戦しましたが、席が狭いのと、大量のお土産が用意されているのが嫌でしたねぇ。 あんなたくさんのお土産なんか止して、その分観戦料を安くして欲しいですねぇ。 それと、全部椅子席にして欲しいと思います。 今の日本人はあんな狭い升席に四人も座らされたら、それだけで嫌になっちゃいます。 ...
仕事

雪中行軍

今朝、千葉県北西部は大雪に見舞われています。 この前の時よりもたくさん降って、おそらく積雪は10センチを超えたでしょう。 こんなに降ったのは何年ぶりでしょう。 ノーマル・タイヤしか持っていない私は今日は電車出勤。 職場の最寄り駅に着いたら、駅前にタクシーは一台もなく、バス停は長蛇の列。 仕方なく、片道30分の道のりを雪中行軍です。 足場に気をとられ、45分もかかってしまいました。 職場へ向かう途中の坂道で転倒してしまいました。 幸い怪我はありませんでしたが、傘がぽっきり折れてしまいました。 もったいない。 早く晴れて溶けてほしいですねぇ。
文学

新春能

千葉市文化センターで行われた新春能を鑑賞してきました。 どこかから補助金が出ているのか、2,500円と格安です。 曲は狂言が「金籐左衛門」。 大蔵流が演じます。 山賊の金籐左衛門は山道で女を脅して身の回りの持ち物を奪いますが、奪った袋の中の小袖や鏡に見とれて油断しているうちに、女に長刀をこっそり盗られてしまいます。 逆に女に身ぐるみはがされるという筋書きで、弱い善人が強い悪人をやっつけるという、狂言によくある逆転劇です。 気楽に観られる喜劇で、悲劇である能と喜劇である狂言とをセットで上演し、双方を総称して能楽と呼ぶわが国の舞台芸術の文化は、極めて洗練されていると言えましょう。 喜劇と悲劇は裏表ですからねぇ。 能は、「田村」です。 金春流の井上貴覚がシテを務めていました。 この人、いわゆる御曹司ではなく、サラリーマンの倅だったところ、高校時代に能の魅力に取り付かれ、法政大学の能楽研究所を卒業してから金春流に弟子入りしたという異色の経歴の持ち主です。 彼の目の付け所が良かったのは、弱小の金春流に弟子入りしたこと。 大所帯の観世流や宝生流では、生涯シテを務めることは出来なかったでしょう。 金...
社会・政治

アルジェリアのテロ

アルジェリアのテロ事件、犠牲者最後の遺体が無言の帰国を果たし、一応の区切りがつきました。 これからアルジェリア政府には事件の全容解明を求めなければなりませんが、期待できませんねぇ。 もともと日本のプラントはアルジェリア軍が護衛していたとか。 いかに強力なテロリストといえども一国の正規の軍隊が守る施設に攻撃を仕掛けるというのは相当なことで、アルジェリア軍の中にテロリストと内通していた者が存在すると見られているようです。 アルジェリア政府にとって、それは否定もしくは隠蔽したい不都合な真実でしょう。 それが事実ならアルジェリア軍は世界中から信頼されなくなります。 しかしそれを隠蔽すればなおさら信頼されないというジレンマに陥り、アルジェリア政府は事件の幕引きを急ぎたいというのが本音でしょうね。 わが国のプラントが狙われた理由の一つには、わが国が米国と軍事同盟を結んでいることが挙げられるでしょう。 理由がそれだけなら、やむを得ないといわざるを得ません。 しかし米国そのものではなく、英国などのわが国以外の同盟国でもなく、この日本が狙われた理由があるとすれば、それは深く追求し、防止策を取らねばなりま...
文学

演劇? 舞踊?

あまり体調がすぐれず、一日ごろごろしていました。 たまにはこんな休日も良いでしょう。 明日は能見物に出かける予定です。 千葉市内の劇場で能公演がありますので。 かつてはよく国立能楽堂や観世能楽堂、宝生能楽堂まで足を運び、能を観ました。 フランス人の前衛舞台芸術の演出家が初めて能を観たとき、自分たちが前衛だと思っていた舞台芸術を、日本人は500年以上前に完成させていたのかと驚愕した、という話を聞いたことがあります。 極端に簡素化された舞台、道具に比して、衣装だけは豪華絢爛で、ストーリーは仏教説話や心霊譚をもとにした幻想的な雰囲気が魅力ですね。 オペラで言えばオーケストラにあたる地謡や鼓、笛に指揮者がいないことも、そのフランス人演出家が目指していたことのようです。 つまり演奏する者、謡う者、演じる者(舞う者)が互いに間を合わせ、誰にも指揮されないことを理想のハーモニーと考えたようです。 日本人が聞くと当たり前すぎて白けちゃうような話ではあります。 能は演劇なのか、舞踊なのか、という論争を時折見かけます。 一応ストーリーがあって、何人かの能楽師が出てきて物語を演じるという意味では演劇なのでし...
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