2013-04

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文学

春荒れ

今日は強風吹きすさび、雨が落ちる、春荒れの一日でした。 そんな一日も、年度始めの忙しさにかまけて、私は感慨に浸る間もありません。 打ち合わせだ、資料作成だ、予算が減額された、などと言っては職場を駆けずり回り、気がつけば終業時間。 昨日3時間ほど残業し、残業を続けるとてき面に体調を崩すことを知っているので、後ろ髪引かれる思いで職場を後にしました。  明日は明日の風が吹く。 まぁ、なんとかなるでしょう。 くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の芽の 針やはらかに 春雨の降る 正岡子規の和歌です。 今日の雨はそんな優しいものではありませんでした。 わずかに残った桜を根こそぎ散らすような強風を伴う、凶暴なものでした。 しかし私は、この凶暴な雨を、いっそ歓迎しようかという気持ちでいます。 この凶暴さが、なぜだか真綿で首を絞めるような春特有の憂鬱な気配を、吹き飛ばしてくれるような気がするのです。  今、焼酎のロックを飲みながらこの記事を書いています。 このわずかな酒の酔いが、ひと時、私を仕事漬けの平日の憂いから解放してくれます。 明日の朝目が覚めれば、またその憂いに満ちた一日を過ごさなければならないことは...
文学

蓮翹忌

今日は蓮翹忌ですね。 高村光太郎の忌日です。 昭和31年の今日、73歳で亡くなりました。 蓮翹(レンギョウ)の花が好きだったことから、この名前がつきました。 高村光太郎というと「智恵子抄」が有名ですが、私は彼の戦後の行動に興味をそそられます。 すなわち、戦意発揚のために多くの戦争詩を書いたことを反省し、花巻の片田舎に粗末な小屋を建て、反省の日々を過ごしたのです。 勝負は時の運。 敗れたからと言って、いちいち文化人が反省する必要などありません。 反省するとしたら、敗戦を招いた政治家や軍人が、敗れたことを反省すべきであって、戦争が起きたことを反省したところで詮無いことです。 なんとなれば、戦争は相手があってのこと。 米国は太平洋を支配する欲望に駆られて何が何でもわが国を叩く決意を固めていたのですから、わが国がいくら譲歩したところで、戦争を避けることは不可能だったでしょう。 連合国の宣伝を信じ込み、わが国が一方的に悪であったと信じるなど、高等教育を受けたインテリの取る態度ではありません。 もう少し冷静になりなさい。 多くの文化人が戦争協力に対する反省の意思表示を行っていたところ、小林秀雄だけ...
文学

桜の森の満開の下 

通勤の車から、途中、何か所か桜並木や桜が植えられた公園の桜をぼんやりと見つめました。 満開を過ぎ、もう散り始めていました。 日本人は桜をこよなく愛し、桜の下で宴を催すのは、国民的行事とさえ言えます。 桜が咲くさまは、まるで狂気を帯びているかのような華やかなものです。 そして散り乱れるさまは、その狂気に輪をかけたような烈しさで、観る者を圧倒します。 咲き乱れる桜の森を歩くと気が狂う、と書いたのは坂口安吾でしたか。 名作「桜の森の満開の下」にみられます。 篠田正浩監督によって映画化もされました。 怖い物なしの山賊がなぜか満開の桜を恐れるのです。 山を歩く人々から金品を奪い、男は殺し、気に入った女は女房にする生活。 7人もの女房とわが世の春を謳歌していた男が、絶世の美女にして稀代の悪女を手に入れたとき、彼は悪女の毒と桜の瘴気に触れて、破滅への道を突き進むのです。 私はそこまで桜を怖れるものではありませんが、しかしやはり、桜には狂気を感じます。 そのような魔を潜めている桜にわがくにびとがこれほど魅かれるということは、仏教的無常観どころではない、ほとんど死に狂いとでもいったような観念に、とらわれ...
仕事

年度初め

4月1日。 年度初めの午前中は、なんだか慌ただしく過ぎました。 新人、配置換え、転入などの者の辞令交付が行われ各課の該当者は挨拶回りに忙しく、異動にならなかった私も心が騒ぎます。 こんなことを22回も繰り返してきたのですねぇ。 なんだか馬鹿馬鹿しい気分になります。 今日は仕事にならないようです。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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