2014-07

スポンサーリンク
精神障害

不調

今朝、目が覚めたら8時を過ぎていました。 朝1~2時間の休暇を取って出勤するか、いっそ休んでしまうか迷いましたが、なんとなく頭痛がして体が重いので、思い切って休むことにしました。 このところ胃の調子も悪いし、寝覚めも良くないし、朝の調子が全般的に悪いようです。 一般に、うつ状態にあると朝調子が悪く、夕方元気になるとされています。 4月の配置換えがきっかけなのは明らかですが、サラリーマンである以上、こればっかりは耐えるしかありません。 それに、特別忙しいわけではないのです。 単に慣れない仕事ということと、上司がいけ好かないというだけです。 上司というのは大体いけ好かないものですが、中には尊敬できる人もいます。 今の上司は、ふんぞり返っているくせに何か問題が起こると部下のせいにして逃げまくるという、誠に情けないタイプで、ここまでひどいのは23年目にして初めてですねぇ。 そもそも面つきが賎しい感じで、見たくありません。 若い頃なら激しく衝突したでしょうが、どうせ2年か3年の付き合いだし、本当に問題が起きたら詰め腹切らされるのはこいつだしと思えば、面倒なので放っておいています。 私も少しは世間...
社会・政治

支離滅裂

男泣き、という言葉がありますね。 本来涙を見せるのは恥ずかしいとされている男が、あまりの感激や怒りなどの情動に突き動かされて泣くことで、かえって人の心をとらえたりすることがあります。 しかし、先般の兵庫県議の取り乱しぶりは、男泣きなどというしゃれたものではなく、ただ見苦しい、というより滑稽なだけの大号泣でした。 不正に出張旅費を取得したのではないかという疑惑に応えるための釈明会見ですが、ほとんど支離滅裂で、何が言いたいのかさっぱり分かりません。 まずはユー・チューブの動画をご覧ください。 この常軌を逸した会見、世界で物笑いの種になっているそうです。 そりゃそうでしょう。 本来政治家というものは常に冷静沈着で、感情的になってはいけない仕事のはず。 それがまるでこの世の終わりがきたかのように悲しみ、怒り、独善的で意味不明の釈明を繰り返し、まるで質問の意図と異なる発言をしたのでは、なぜこのような人が当選したのか不思議に思います。 推測ですが、同僚議員や秘書などの近しい人は、この議員がかなりおかしな人だと知っていたのではないでしょうか。 三つ子の魂百までと言うごとく、人間なんてそう変わらないも...
精神障害

願い

今日はあいにくの雨。 折角の七夕だというのに。 七夕にあたって、私の願いはただ一つ。 私の狂った精神が、平穏を保ち続けてくれること。 さらには平穏を保ちながらも感情を持ち続けること。 私の精神は、ちょっとしたきっかけで、激しく落ちたり上がったりするのです。 精神障害発症前から、そういう傾向はあったように思います。 良く言えば感情豊か。 悪く言えば情緒不安定。 気分を安定させる薬や不安を抑える薬を飲んでいますが、薬の力を超える負荷がかかれば、薬の威力など何ほどの物でもありません。 幸い、ここ数年、私の精神は平穏を保っています。 しかし、不安を取り除く薬を飲むと、楽しみや希望も消えてしまい、気分を安定させる薬を飲むと、好きな文学や美術などに感応しなくなります。 言わば不感症のロボットみたいなものです。 これでは人生を楽しむことは困難です。 生きているというより、死んでいない状態とでも申しましょうか。 しかし、うつや躁が激しかった頃を思えば、今は少なくともきちんと出勤できていますし、周りに迷惑をかけてもいません。 その一つをもって、良しとしなければならないのかもしれませんね。 欲望を言い募れ...
散歩・旅行

幸多かれ

午後、近所を散歩し、公園のベンチでくつろいでいると、小学校3年生くらいでしょうか、男の子4人が2対2に分かれてゴムボールとゴムのバットで野球の真似事を始めました。 「シンカーと見せかけて、ストレート」などと独り言を言いながら得意げに投げていましたが、当然シンカーでもストレートでもありませんでした。 大きな木を越えたらホームランというルールだったようですが、打たれたピッチャーが強硬にファウルを主張。 そんなことがたびたびあって、ルールはどんどん変わっていきます。 私も少年時代、まだ文学や芸術に目覚める前、首都高速7号線の下に作られた薄暗い公園で野球の真似事をしたことをなつかしく思い出しました。 今の子どもはゲームばかりやっているのかと思いきや、昭和の子どもと同じ遊びも残っているのですねぇ。 少し嬉しくなりました。 その後さらに歩くと、より大きな、野球場がある公園では、少年野球の試合をやっていました。 当たり前ですが、さっきの子どもたちとは比べ物にならない巧さでした。 なんでもきちんと習うということ、教育ということの重要さを感じました。 もっとも、自在にルールを変えながら人間関係の機微をも...
文学

芸術の暴力

今日は昼寝をしたり珈琲豆の専門店に行ったりして、のんびり過ごしました。 こういう土曜日も、時には悪くありません。 徒然に、好きな象徴主義の巨匠、ギュスターブ・モローの絵画集など紐解きながら。 私が最も好む「化粧」です。 初めて美術館で目にした時、私は30分以上この絵の前にたたずみました。 そして女のスカートがたびたび私の前をひらつき、私は必死にそれをつかもうとしたのです。 周りの客はさぞかし奇妙なやつだと思ったでしょう。ギュスターヴ・モローの世界新人物往来社新人物往来社 しかし、私が美術であれ文学であれ、その世界に深くシンクロすると、そういうおかしな現象が時折起こります。 そしてそれが起きると、私は激しく疲労します。 文学作品では、石川淳の「紫苑物語」や三島由紀夫の「鏡子の家」、川端康成の「眠れる美女」、倉橋由美子の「シュンポシオン」などでそういう現象が起こりました。紫苑物語 (講談社文芸文庫)立石 伯講談社鏡子の家 (新潮文庫)三島 由紀夫新潮社眠れる美女 (新潮文庫)川端 康成新潮社シュンポシオン (新潮文庫)倉橋 由美子新潮社 読み終わって数日の間、現実にいるのか物語世界の中に入...
スポンサーリンク