2014-08-15

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その他

恒久平和

今日で8月前半も終了。 早いもので、朝夕など、秋めいてきました。 夏は儚いものですね。  本日、戦没者慰霊祭が厳粛に取り行われ、国民こぞって黙祷を捧げました。 しかし、戦没者の御霊を鎮めるには恒久平和の実現こそが、急務です。 恒久平和という言葉を頭に浮かべると、私は絶望的な気持ちになります。 永久機械は人類の夢ですが、おそらく、それが実現することはないでしょう。 それと同様、人類共通の夢である、恒久平和ということもまた、絵にかいた餅のような気がしてなりません。 人間、慾深い生き物。 他人に危害を加えても、おのれの利益を追求しようとするのは、何も国家レベルに限らずとも、ありとあらゆる小さな組織でおきています。 権力闘争であったり、ハラスメントであったり。 そんな愚行を繰り返すのが人間の本質だとすれば、恒久平和など、夢のまた夢。 それを実現するには、人間が人間であることを止めて、もう一段高いステージに立たなければならないような気がしています。 そんなことが可能なのかどうか分かりませんが、それはそれとして、私たちは面倒な普段の交渉を怠りなく、紛争の芽を一つ一つ摘んでいくしかないでしょうね。 ...
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魂鎮め

今日は終戦記念日。 私の職場でも、半旗を掲げ、正午に1分間の黙祷を捧げました。 戦後、わが国の言論空間は、わが国の近代化をめぐって、また、国防安保全般をめぐって、複雑怪奇な思考の迷路に入り込んでしまいました。 世界の常識からかけ離れた神学論争とでも言うべき不毛な論争に労力を費やしてきましたね。 今となっては懐かしい、非武装中立なんていう馬鹿げた考えが真面目に論じられた時代もありました。 最近ようやっと、その馬鹿馬鹿しさに多くの国民が気づき、世界のスタンダードに従う他生きる道はないのだと、思い知るようになりました。 朝日新聞が韓国の従軍慰安婦は誤報だったと30数年ぶりに認めたことなど、その好例でしょう。 あれだけの大きな戦の後ですから、トラウマを抱えるのはいた仕方ないことです。 それでも戦後69年という時の流れは、ナーバスになってしまった日本国民の心を確実に癒してくれているように感じます。 うんざりするような、奇妙奇天烈な論理をふりかざし、ほとんど思考停止の状態となって、反核だの平和だのを叫ぶヒステリックな人々を見るのはもう嫌です。 今日という日くらい、静かに、鎮魂の祈りを捧げたいもので...
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