2014-11-28

スポンサーリンク
その他

タイム・スリップー遠方より来たるありー

今宵は古い知り合いがわが家を訪れ、夜通し呑む予定です。 仮にK君としましょうか。 K君と初めて会ったのは、1985年4月のことです。 高校入学の日でした。 もうじきあれから30年の日月を数えるとは、まさしく光陰矢のごとし。 当時、私もK君も15歳。 紅顔の美少年でした。 その後K君とは友誼を結び、高校・大学と同じ学校に通いました。 大学生になると、K君はふらぁっとわが家を訪れては、盃をともにするようになりました。 それもたびたび。 それは私が一人暮らしを始めても、同居人と二人の暮らしを始めても、変わらず、わが新居を時折訪れては、酒を飲んで行くのでした。 また北海道や信濃路、果ては遠くタイまでも二人で旅した仲でもあります。 世間では、こういう関係を親友と呼ぶのかもしれませんね。 しかし、私もK君もそんな手垢の付いたウェットな表現は大嫌い。 私には、知り合い、という言葉しか思い浮かびません。 K君は40代半ばを迎える今も都区内で独身生活を謳歌しています。 もう誰かと暮らすなんて面倒くさいようです。 それは羨ましくさえあります。 紅顔の美少年は美中年にはならず、K君は頭髪の薄いおじさんになり...
社会・政治

隣国友好

産経新聞前ソウル支局長の裁判開始さる。 支局長の乗車せし自動車の眼前に寝転ぶ者、自動車に卵を投げつける者、狼藉の数々見苦しきこと限りなし。 そも、支局長の咎とは何ぞ。 かの地の新聞から大統領に関する記事を引用し、コラムを書きたるを、名誉棄損なりと難癖をつけられたるが始めなり。 されど、かの地の新聞のみ、お咎めなしとは何の謂いぞ。 大統領府が検察に圧力をかけたるか、あるいは検察が大統領の心情を慮りたるか。 いずれにせよ、そは情に拠りたりて、法の精神、かけらも見られず。 かの国は我が邦と同様、自由民主主義を標榜せし国にあらずや。 かの国の裁判所における狼藉、嗤うべし。 前支局長の毅然たる態度のみ、輝きたるは当然か。 我が邦、泰然自若として法の精神に基づき、淡々と事にあたるほかなし。 さあらねば、我が邦もまたかの国と同様の感情論に走らざるを得ず。 隣国にかの国のごとき情を重んじ理を軽んずる者あるは、誠に不幸と言わざるを得ず。 我、沈思して隣国との友好図らむとすも、その道程険しく、容易に想像する能はず。 にほんブログ村 政治 ブログランキングへ
スポンサーリンク