2014-12-01

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文学

熱燗や

12月に入ったというのに、今日は暖かい雨が降り続いています。 異常気象というのではないのでしょうが、なんだか調子が狂います。 まぁ、寒いよりはよほどマシですが。 近頃晩は熱燗で暖を取っていますが、今日は冷でもいいようです。 熱燗や とかくに胸の わだかまり 久保田万太郎の句です。久保田万太郎の俳句成瀬 桜桃子ふらんす堂俳句の天才―久保田万太郎小島 政二郎彌生書房 胸にわだかまりを持ちながら熱燗を頂くといえば、それは私の日常とも言うべきですが、そのわだかまりがいかほどのものかは、日によってずいぶん異なります。 幸いにして、このところの私は精神も安定し、さほど強いわだかまりをもって熱燗に助けを求めることもなくなりました。 精神安定のために飲む酒は、その時は一時的にまぎれても、翌朝かえって落ちているということはよくあります。 それに比べて単に一日の仕事の疲れを癒す燗酒は、すぐに体中を駆け巡り、じきにねむくなってしまいます。 わずかの酒で酔えるのは、健康な精神を維持せしめている証拠かもしれませんねぇ。 緊張に満ちた精神状態では、いくら飲んでも頭の芯が冴えているような感じで、酔えませんから。 い...
思想・学問

人間(じんかん)何年?

今日から師走ですね。 平成26年(2014年)も残すところ、ちょうど一カ月となりました。 早いもので、とは言いますまい。 一つ一つを思い起こしてみれば、とてつもなく長い年月で、そもそも一年前、私は別の部署に座っていたことを思えば、隔世の感があります。 よく世間の人は、特に中高年は、年月の流れを、あっという間と表現しますね。 私にはその心性が理解できません。 私には、年月の流れは、常に牛歩の歩みのように思われ、もどかしくさえ感じます。 私は今40代半ばを迎えましたが、かつて人間(じんかん)五十年という言葉があり、人の世にいられる期間は五十年くらいと考えられてきました。 そうであるなら、40代半ばは老人ということになりましょうか。 しかし栄養状態が良くなり、医学の進歩もあり、人間(じんかん)は80年にもなろうとしています。 下手をするとそれは90年にも100年にもなる可能性があり、私はまだ半分も生きていないのかもしれません。 実感としては、結構長く生きたような気がするのですがねぇ。 行きつけの薬局では人生ゲームのようなポスターが貼ってあり、それによると60歳が総合的な判断力が最も優れている...
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