2014-12-03

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その他

事もなし

冬至に向かって日に日にお日様は遠く短くなります。 そんな今頃は、死を予感させる季節だと言えるでしょう。 古来人間は、死というものの意味を考え抜き、死があるから宗教や哲学が生まれたと言っても過言ではありません。 人間にとって最終的に、そして唯一重要なのは、死をどう捉えるかということになるのでしょう。 わが国では死後、穢れた黄泉の国へ行くとされ、仏教受容以降、にわかに西方浄土へ行くことを願う阿弥陀信仰が盛んになりました。 キリスト教徒やイスラム教徒は最後の審判の後、天国へ行くことを願います。 いずれも艱難辛苦に満ちた現世を生きる人々の切ない願いが生みだしたもので、それ自体は嘘であろうと真であろうと、大した意味は持ちません。 それを信じることによって現世での苦しみがわずかでも軽減され、幸福感が増すという効用があるという事実が重要なのでしょう。 しかし現代の日本人は、ほぼ信仰を持っていない状態になっています。 信仰がほとんど無い状態で、わが国びとが高い倫理感を維持してきたのは奇跡的なことで、宗教に代わる武士道や儒教などの道徳が庶民に至るまで染みついていたためと思われ、それは今も変わらないと私は...
文学

冥途の寒さ

今朝は馬鹿に冷えました。 冬を迎えたことを実感させられます。 そういえば通勤の車を運転していても、いつもより車が多いように感じました。 忙しい季節なのでしょうねぇ。 私はと言えば、なんだか気をもむことは多かれど、それほど忙しいとは感じていません。  最近はまっている久保田万太郎の冬の句をいくつか。 粥喰うて 冥途の寒さ 思ひけり 粥を食うことなどほとんどありませんが、冥途の寒さを思うはんて、不気味な迫力があります。 そこはかとなく漂う厭世的な感じがよろしいようで。 飲みくちの かはりし酒よ 冬籠 冬に自宅で籠っていれば、酒の味が変わるのも当然でしょう。 これをかはりし、として、うましとしないところにこの人の真骨頂があるのでしょうね。 炭つぐや 雪になる日の ものおもひ これから雪が降ろうという日に暖房の炭を入れているのでしょうね。 今はエアコンのボタンを押すだけですから、気楽なものです。 もっとも私の実家はお寺で、古い建物だったせいか、冬は底冷えがし、エアコンはもっぱら冷房用で、暖房には石油ストーブを使っていました。 チュルチュルポンプで灯油を入れるのがひどく億劫だったことを思い出しま...
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