2014-12

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仕事

仕事納め

今日でいよいよ仕事納め。 今年の仕事は全て終了です。 お昼は職場の同僚と蕎麦を食しました。 4月に部署が異動になり、変な上司に悩まされましたが、仕事量は前より少なくなりました。 それは楽でしたね。 ただ、異動後1年目は大抵そうですが、右も左も分からない不安はつきまといました。 でも今は、9か月が経過し、その不安もだいぶ無くなりました。 まずは1年間無事に働けたことに感謝しましょう。 来年以降、まだ定年まで15年と3カ月あります。 すでに就職して23年目になりますが、残りの現役生活の長さを思うと、呆然とします。 すでに体力衰えているというのに、そんなにもつんでしょうかねぇ。 もたないと言ったって、生活を維持するためには働かざるを得ないわけですが。 病気休暇から復帰して後、私はその日一日と、せいぜい翌日のことまでしか考えない、その日暮らしをモットーとしてきました。 もちろん、本来の言葉の意味とは異なりますが、それはそれ。 その日暮らしを積み重ねる以外、定年というゴールにたどり着く道は無いのですから。 はるか遠いゴールを見たら嫌になってしまいますから、とりあえずは今日と、翌日のことだけを考え...
仕事

あと1日

今日は珍しく仕事がはかどりました。 多分、明日出勤したら9連休ということで、お尻に火がついたためと思われます。 何事も計画的に進めているつもりが、いつの間にか遅れをとっていたのですね。 お恥ずかしいかぎりです。 で、明日は多分、特になすべき仕事はなかろうと思います。 机まわりの掃除や、引き出し・キャビネットの整理などをしてのんびり過ごしたいと思っています。 10年くらい前までは、仕事納めの日は、お昼から大会議室に集まって酒を飲んだものですが、勤務時間中に公的機関の職員が酒を飲むとは何事かということで、仕事納めも仕事始めもみっちり仕事をする日になりました。 その昔は仕事始めの日と言えば、若い女性職員は晴れ着姿、男でも着物姿の者が散見されたものですが、それというのも、その日は仕事なんかせず、賀詞交歓会で一日が終わっていたからです。 世知辛い世の中になったものです。 昔は官官接待も盛んでしたが、今ではすっかり廃れ、私の職場近くの料亭はばたばたと廃業していきました。 これも時の流れというものでしょうか。 感慨に耽りつつ、今日の仕事をきっちりこなした自分にうっとりする私なのです。にほんブログ村 ...
その他

儀式

今日は午前中、虎ノ門で会議でした。 午後は職場に戻りましたが、なんとなく勤労意欲がわきません。 もうお正月モードなんでしょうか。 そういえば、今日はクリスマス・イブですね。 寺で生まれ育った私が、異教の祭りに与するのを潔しとするわけにはいきません。 ただし、同居人の手前、クリスマスとは関係なく、三つの儀式を行います。 一つに、シャンパン飲むの儀。 二つに、ロースト・チキン食すの儀。 最後がケーキ食すの儀。 やってることはクリスマス・イブの恒例行事と一緒ですが、精神性が異なります。 異教のお祝いは関係なく、私の意志で、これら儀式を行うのです。 ちょっとひねくれ者の感じもしますけれど。 まぁ、固いこと言うなや、ということです。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
その他

虚礼

本日は今上陛下ご誕生の記念日。 81歳におなりとは、おめでたいかぎりです。 しかし私たち庶民にとっては、仕事がお休みできるあまたの祝日と変わるところはありません。 週の途中にお休みがあるとぐっと楽です。 明日は都内で会議。 その後2日出勤すれば、年末年始のお休みです。 今年はカレンダーの並びの関係から、9連休となりました。 今日は晴れていたものの、底冷えがして北風強く、家で年賀状作りに精を出しました。 とはいっても、文面はいつも同じデザインで干支を変えるだけですし、宛名は引っ越した人の分のデータを修正するだけで、パソコンがやってくれちゃいます。 唯一、年賀状の仁義とも言うべき手書きの一言も、ほとんど同じ。 お気楽なものです。 昔、何から何まで手書きだった頃はさぞかし面倒くさかったでしょうね。 かの夏目漱石も、虚礼廃止を唱え、年賀状撲滅を図ったと聞きますが、結局浮世の義理には逆らえず、年賀状を出し続けたそうです。 面倒事を一つ終えて、とりあえずはほっとしました。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
文学

今日は冬至ですね。 一年で最も日が短い日。 逆に言えば、明日から少しづつお日様が長く拝めるようになるというわけで、それは嬉しいですねぇ。 でも本当に寒いのは年が明けてから。 1月・2月は首都圏でも尋常ならざる寒さになります。 それなのに、正月を新春と言うのはおかしなことです。 旧暦と新暦ではざっくり一か月半程度ずれています。 すると旧暦の正月は2月の後半になるわけで、その頃なら気温は低いながらも陽射しが強くなり始め、新春というのもうなづけます。 それは大寒にしても立春にしてもみなそうです。 石原慎太郎はかねてから、旧暦の日付に合うように新暦の日付を読み替え、例えば旧正月を新春と呼ぶなど、季節の実感に合った暦に直すべきだと主張しています。 全くそのとおりだと思います。 そうでなければ、季節感を大切にしてきたわが国の伝統文化が、おかしなことになってしまいます。 何も旧暦に戻せと言うつもりはありません。 グローバル化が進んだ世界をわが国も生きているわけですから、そんな時代に逆行するようなことが出来ようはずもありませんし。 ただ二十四節季などの暦を、日付の字面に捉われることなく、本来の日付に合...
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