2015-02

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仕事

金曜日

今週も月曜日から金曜日まで5日間、きちんと出勤することができました。 2週連続。 まずはおめでたい。  来週は水曜日が建国記念日でお休みなので、ずいぶん気が楽です。 週中休めると、余裕があります。 毎週、月曜日の朝、とても5日間も続けて通えるはずがないと、絶望的な気分になります。 月火水と三日通い切ったあたりから、もしかしたら休まず一週間通えるかな、という気分になり、木曜日の夜にそれは確信に変わります。 そんなことを毎週毎週、23年間も続けてきたのですねぇ。 そしてこれから15年も。 仮に65歳まで雇用延長を希望したら、あと20年。 気が遠くなります。 それでも、あんまり先のことは考えず、一日一日を、きちんとこなしていく他方法がありません。 いつか大きく当たるんじゃないかと切ない願望を乗せて、毎週LOTO7を購入しています。 2回ほど、数万円当たりましたが、大きいのはきませんねぇ。 大きく当たったら、翌日から出勤しないんですが。 一回300円で週に一度ですから、それでなんとなく退職できるかも、という希望を持ち続けられるのなら、安いものです。 あぁ、当たらないかなぁ。にほんブログ村 人気...
仕事

かえれないんだからぁ

ブラック企業などで激務に耐えるサラリーマンには、笑うに笑えず、泣くに泣けない歌をユー・チューブで見つけました。 題して、「かえれないんだからぁ」。 まずはお聞きください。 定時退社と書いておおきなやぼうとルビをふるとは、なかなかイカシテいます。 私は今ではほとんど定時で帰っていますが、10数年前から何年か、深夜残業、はては徹夜、さらには休日出勤を繰り返していたことがあります。 超過勤務手当は月20時間までしかもらえず、実際は100時間以上働くというサービス残業で、私は毎日腹を立てていたように思います。 日曜日、温泉ランドで風呂に入っているところを館内放送で呼び出されて出勤したり、土曜日、夜8時ころ、良い感じで酔っているところ、電話で呼び出されてタクシーで駆けつけたり、異常な職場でしたね。 不思議とそこでは精神をやられることはありませんでした。 業務量が多いだけで、どうしてよいか分らない、ということはありませんでしたから。 その後、比較的楽な機関に異動し、大残業はなくなったのですが、組織改革の嵐が吹き荒れ、現場のリーダー的な役割を担わされていた私は、どうしてよいかわからなくなって、精神障...
その他

小雨? 雪?

首都圏は天気予報で雪だ雪だと脅されていますが、小雨がぱらつく程度。 ひどく寒いので、これから雪になるのかもしれないと思って、普段は車通勤のところ、電車で出勤しました。 じつに面倒です。 ただ、去年雪でひどい目にあったので、今年は大事を取りました。 私は冬タイヤもチェーンも持っていませんから。 首都圏では雪なんて年に1度か2度しか降りません。 それなら雪が降ったら電車通勤、電車がストップすればこれ幸いと大手をふって休めばいいわけです。 明日、金曜日の朝が心配ですねぇ。 中途半端に雪が降って、それが凍結となると、車は剣呑です。 暖かい春が待ち遠しいですねぇ。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
社会・政治

いやぁな話

いやぁな話ばかりで恐縮ですが、ヨルダンのパイロット、とうに殺害されていたという報にふれました。 ヨルダン政府は、交換を求められていたおばちゃんテロリストを、ごく近いうちに処刑すると発表しています。 おばちゃんテロリストはもともと死刑囚なので、処刑することに何の不思議もありませんが、このタイミングで処刑すると、露骨な報復という感が否めません。 生かしておいて、何かに利用するという方法はないものでしょうか。 イスラム過激派は、ジハードに参戦して死ねば極楽に行けると盲信し、死を恐れていないと聞きます。 死を恐れぬ兵隊ほど怖ろしいものはありません。 おばちゃんを処刑すればイスラム国は彼女を英雄としてもてはやし、大いに宣伝に使うでしょう。 あさま山荘事件のテロリストを、死刑確定後何十年も処刑しないのも、麻原を生かしているのも、ひとえに過激なテロリストや信者から英雄視されるのを怖れているのだと思います。 それと同じ理屈で、おばちゃんテロリストをもうしばらく生かしておくほうが、賢いやり方のような気がしてなりません。 それにしても憎悪と怨念の連鎖のようになってしまうのは、誠に愚かで悲しいことですね。に...
思想・学問

福は内、鬼も内

今日は節分。 「鬼は外、福は内」と叫びながら豆をまき、年の数だけ豆を食い、これからの健康を願い、併せて幸多い年であることを祈る行事です。 私は子供のころ、親と一緒に庭に向かって「鬼はー、そとー」と叫び、家内に向かっては「福はーうちー」と言いながら豆をまきました。 今となっては楽しい思い出です。 しかし、元来がひねくれ者の私。 高校生になると、この地球に共存する存在としての鬼は、必ずしも追い払うべき存在ではないし、寒空に追い出すのはかわいそうだと思い、「福はー、うちー、鬼もー、うちー」という掛け声のもと、家の中だけに豆をまくことにしました。 成田山新勝寺でも、「福は内」は唱えても「鬼は外」は唱えないと聞きます。 新勝寺のご本尊のありがたい慈悲により、鬼はたちどころに回心してしまうため、「鬼は外」は必要ないとのことでした。 私の流儀はそれとは異なります。 鬼であれ妖怪であれ、異形の存在といえど、地球上の生き物ですから、人間とうまくやっていくことができるに違いない、という予感を持つに至ったからです。 古来、鬼や妖怪は、大和朝廷にまつろわぬ人々の蔑称とする説が根強くあります。 それならば、虐げ...
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