2015-03-10

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社会・政治

平和

今日で東京大空襲から70年。 はるか昔のように感じますが、今も健在の義母は、幼児の頃、本所で空襲の被害にあっています。 私の実母は、やはり幼児の頃、長崎で被爆しています。 昔のことのようでいて、私の親の世代はそれを現実に体験していることを思うと、それほど遠い昔ではないのかもしれません。 戦後、わが国の言論空間は奇妙な股裂き状態が続きました。 同じように戦争の惨禍を経験した人々が、一方は軍事力を保持する必要はない、それは戦争への道だと、絶対平和主義を唱えました。 それは少数派だったと思いますが、うるさい少数、いわゆるノイジィ・マイノリティであったため、その主張はマスコミに大きく取り上げられました。 一方、国を守るためには軍事力は必要で、それこそが戦争を抑止する方法だと考える多数派は、静かな多数、いわゆるサイレント・マジョリティであったため、言論空間だけをみれば、まるで互角の勢力であるかのように感じさせられました。 軍隊を持たず、それで平和が保たれるなら、こんな良いことはありません。 軍事費を使わずに済みますし。 兵隊を養わなくて済みますし。 しかし、世界中に武装している国家群がひしめいて...
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