2015-08

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その他

眠り姫

同居人の術後の経過が思わしくありません。 そろりそろりとではありますが、歩けていたのが、昨夜、右足が痛くて上がらないとかで、寝込んでしまいました。 手術の影響なのか、どこかひねってしまったのか分かりませんが、とりあえず今朝病院に電話してみることを勧めました。 何事もそう順調にはいかないものですね。 SEKAI NO OWARIに「眠り姫」という曲があります。 恋人の寝顔を見ながら、このまま目を覚まさなかったらどうしようと、不吉な心配をする男を歌っています。 私の今の心境はこんな感じです。 子供もいませんし、実家に行けば母と兄家族、妹がいますが、私が家を出た20数年前に、もはや頼ってはいけない存在になってしまいました。 それが独立するということなのだろうと思います。 そうすると、私にとって同居人の存在はいかにも大きなものだと分かります。 江藤淳が、あんな強面の発言を繰り返しながら、奥様が亡くなった後しばらくして、後を追うように自殺してしまったのも、なんとなく分かります。 分かる自分が怖いですが。 同居人が眠り姫になってしまうことを怖れつつ、快方に向かうことを願ってやみません。にほんブログ...
文学

トンデモドクター、第3弾

デブで子供のように無邪気な精神科医、伊良部先生が活躍する連作の第3弾を読みました。 「イン・ザ・プール」、「空中ブランコ」に次いで、「町長選挙」を読みました。イン・ザ・プール (文春文庫)奥田 英朗文藝春秋空中ブランコ (文春文庫)奥田 英朗文藝春秋 明らかにナベツネをモデルにしたと思われる短編やホリエモンを擬したと思われる作品に続いて、離島の診療所に2か月限定で赴任した伊良部医師と島の町長選挙の珍騒動を描いた表題作など、ますますパワーアップしてくれちゃってます。 また、胸の開いたミニのナース服に身を包んだクールなナース、じつはパンクロックのバンドをやっていて、何かと金がかかることが初めて明かされます。 今回もまた、大いに笑わせてもらいました。 いやぁ、愉快。町長選挙 (文春文庫)奥田 英朗文藝春秋
文学

せみ啼くや

久しぶりに涼しい朝を迎え、午前中は窓を開けるだけで、冷房を使わずに済みました。 このくらいなら楽ですねぇ。 しかしお昼をいただく頃には太陽が顔をだし、私はそれを恨めしく眺めました。 せみ啼くや 行者の過る 午の刻 わが敬愛する与謝蕪村の句です。 セミがうるさく啼き騒ぐ真昼時、仏教だか修験道だか知りませんが、行者のいでたちの者が通り過ぎていくさまを詠んでいます。 カンカン照りの太陽、それをさえぎる物とて無い往来のイメージと、行者という言葉が醸し出す神秘的な要素、それに、いっそ不気味でさえあるセミの大音声が、逆に静けさを感じさせ、夏の陽射しにぼうっとなった頭が見せる幻のような、絵画的印象を感じさせる句です。 与謝蕪村は絵描きでもあり、句の多くが絵画的であることを思えば、当然なのかもしれません。蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)玉城 司角川学芸出版 近年の流行歌では、夏の恋を扱ったりして、夏休みとあいまって夏は楽しい季節であるかのように歌いますが、本来日本人にとって夏は過酷な季節であり、おそらくは疾病に罹る者や亡くなる者が多かった、死の季節であったろうと推測します。 そのよ...
社会・政治

大先生

私が中学から高校の頃、中曽根先生が総理大臣を務めていました。 私は当時、他の政治家には無いオーラがあると感じ、政策的なことは抜きにして、中曽根先生を尊敬していました。 先生、久しぶりにマスコミをにぎわしていますが、御年97歳におなりあそばすのですねぇ。 総理在任中は60代だったはずですから、感慨無量です。 紅顔の美少年だった私が、しょぼくれた中年オヤジになるのも、むべなるかな。 中曽根先生が先の大戦を、侵略戦争でもあった、と述べたことを、鬼の首を取ったように騒ぎ立てる人々の無邪気さ、唖然とさせられます。 日本列島を不沈空母と呼んでみたり、靖国神社を堂々と公式参拝したタカ派のイメージがある人の発言だからでしょうねぇ。 しかし、どう考えたって侵略戦争の側面があったことは当たり前だと思います。 ただし、それはアジア諸国に対してであって、英米をはじめとする帝国主義列強との戦いは、自衛のためであったことは自明の理でしょう。 中曽根先生は戦後まもなく国会議員となり、その後70年、戦後政治の生き証人です。 村山談話の中身にもろ手を挙げて賛成できなくても、国家が総理大臣の名で出した談話から大きく外れた...
社会・政治

広島

今日は広島に原爆が投下された日ですね。  原爆投下については、無差別大量虐殺で犯罪行為だとする言い分と、本土決戦を避けることになり、結果として連合軍兵士のみならず、多くの日本軍兵士、日本の民間人を救った必要悪だとする考え方があります。 一般的には、2発の原爆が、わが国がポツダム宣言を受諾する決意をさせたと言われているようですが、日本政府及び軍部にとって最も痛手で誤算だったのは、ソ連の参戦でしょう。 ソ連を敵に回しては、四方八方敵だらけということになり、そのまま戦争を継続すればわが国は分断国家になってしまったことでしょう。 私の母は長崎で被爆しており、私は被爆2世ということになりますが、あの状況下での原爆投下の是非を、現代の価値観で断罪する気にはなれません。 もちろん、原爆投下を積極的に肯定する気もありませんが。 要するに、ニュートラルな立場ということになりましょうか。 ただ一、その後70年、一度も核兵器が使用されなかったことは、2発の原爆の尊い犠牲者のおかげだと感謝しています。 核大国が核を使わないのは、もちろん報復攻撃が怖いというのが一番の理由だとは思いますが、それにしても、あの惨状...
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