2016-03

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映画

私はゴースト

春眠暁を覚えずといいますが、最近、眠くて仕方ありません。 うつになると不眠になる人と過眠になる人がいますが、私は後者です。 単に春の眠気なのか、軽いうつ状態にあるのか分かりませんが、最近は憂鬱感が強くなってきました。 年度末にはよくあることですが。 そこで今日は読書をしたりDVDを観たりしてのんびりと静養しました。 DVDは「私はゴースト」と言う映画を観ました。 これ、なかなかの掘り出し物でした。 悪魔祓いや除霊や交霊術を描いた作品はたくさんありますが、幽霊の目線だけで描かれた作品は初めて観ました。 名作「アザーズ」も、幽霊目線で描かれていますが、現実に生きている人も登場します。アザーズ ニコール・キッドマン,フィオヌラ・フラナガン,クリストファー・エクルストン,アラキナ・マン,ジェームス・ベントレーポニーキャニオン ところがこの作品には、霊媒師の声が登場するだけで、映像では、幽霊しか現われません。 衣装から言って19世紀でしょうか、大きな家で一人暮らしをする美少女の日常が繰り返し淡々と描かれます。 そこにある時、声が聞こえます。 エミリーを除霊して欲しいと現在その家に住む家族から依頼...
仕事

うれしい

今日もすっかり春の陽気。 しかも明日から3連休。 何をやってるんだか分からない1週間を終えて、最も解放感を感じられる金曜日の夜を迎えました。 うれしいですねぇ。
文学

年々歳々

今日は晴れて気温が上がり、20度に届こうかという勢いです。 今日も私は勤労意欲がわかず、無為に時を過ごしてしまいました。 勤労意欲がわくかどうかは、急ぎの仕事があるかどうか、あるいは懸案事項を抱えているかどうかにかかっています。 最近の私にはその両方が無いため、だらだらとしてしまいます。 そして窓の外の強い日差しを見ては、春の訪れを実感してため息をついています。 春宵や 屋根から上の 花の闇 久保田万太郎の句です。 花の闇という句が、なんとも春らしい感じを醸し出しています。こでまり抄―久保田万太郎句集 (ふらんす堂文庫)成瀬 桜桃子ふらんす堂 来週には桜が開花し、月末には満開を迎えるとか。 そして新年度を迎えるのですねぇ。 毎年4月は人の入れ替わりがあるため、混乱は避けられません。 年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず、と詠んだのは唐代の詩人、劉希夷でしたか。 まこと、花は毎年似通っているし、毎年同じように人々がいるようでいて、じつは年々入れ替わっていくものです。 そんなことを考えると、なんとも言えない憂鬱に囚われます。 私にとって不安や憂鬱は、もっとも親しい感情であり続けています...
映画

クラウン

今日は暇なので午後から休暇を取りました。 半日休んだとなれば、ホラーを楽しむに決まっています。 観たのは「クラウン」です。 カタカナで表記すると王冠を意味するクラウンと同じになってしまいますが、英語ではスペルが異なっています。 この映画でのクラウンは道化師を意味します。 ピエロとの違いは、メイクで涙を描くかどうか。 涙を描けばピエロ、描かなければクラウンです。 性格の違いは、ピエロがひたすらおどけて笑わせる、いわばボケ専門なのに対し、クラウンは司会をこなしたりして、おどけることもあるけれど、それだけではない、ということです。 息子の誕生日のパーティーに呼んだクラウンが突如来られなくなり、不動産屋の父親が中古物件で見つけたクラウンの衣装を着て代わりに演じることから物語は始まります。 翌朝、クラウンの衣装を脱ごうとしますが、どうしても脱げません。 服は肌に張り付き、かつらは本物の毛と入れ替わったかのごとくです。 で、だんだんと父親が凶暴になっていきます。 この衣装、北欧の山地に住んでいたという邪悪な生き物の皮膚と地毛だったのです。 その邪悪な生き物は子供を喰らうことを好みます。 クラウンの...
精神障害

広告ばかり

私は今も月に一度精神科に通い、抗うつ薬と抗躁薬、それに頓服の抗不安薬を処方されています。 でももう7年くらい、うつも躁も現れていません。 病状は極めて安定していると言えるでしょう。 しかし、気分的に楽になった反面、色々なことがどうでもよくなった感じがします。 長いこと小説の執筆もしていませんし、職場でも必要最低限のことをやっつけでこなしているだけです。 気楽は気楽ですが、なんだか生きているのかいないのか、そもそも何のために生きているのか分かりません。 生きているというより死んでいない、と言った感じです。 長いこと精神障害で苦しんで、その苦しみが無くなることが目標でしたが、苦しみが消えてみると、びっくりするほどつまらない日々が待っているとは思いもしませんでした。 もともと私は目標を立てて努力することが好きでした。 それでこそ、生き甲斐を感じられたからです。 しかし今の私は、努力なんて大嫌いですし、そもそも目標もありません。 これは精神障害克服の過程で起こる副作用なのか、あるいは私の精神が緩慢に死に向かっているのか分かりません。 一つ言えることは、多分私の気力が昔のように満ちることは無いだ...
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