思想・学問 畏怖
キルケゴールは「死に至る病」で、絶望を罪と断じ、絶望こそが死に至る病だとしました。 そして絶望を脱するには、真のキリスト者でなければならない、とも。死に至る病 (岩波文庫)斎藤 信治岩波書店 イスラム教では最後の審判は必ず訪れる、と警告し、アッラーへの信仰によって天国へと至ることを求めました。 浄土教では阿弥陀仏にすがることを薦め、禅宗ではひたすら座って瞑想することを求めています。 神道では清き明き心を良しとしました。 何が本当だか分かりません。 宗教的真実が一つなのだとしたら、一つ以外は嘘つきということになりましょう。 あるいは、仏教における門のように、どの宗教に入信しても頂きは一緒ということも考えられなくはありませんが、ちょっと無理筋のような気がします。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はほぼ同じような教義を持っていますが、一方で少しの違いに目くじらを立てて、殺し合いを続けてきました。 それどころか、キリスト教においてはカソリックとプロテスタントで争いをしていた過去があります。 まこと、信仰とは厄介なものです。 わが国では、檀家で氏子でクリスチャン、などと揶揄されるように、ほぼ無宗...