2017-08

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文学

プラージュ

今日は職場が電気設備点検のため、臨時のお休み。 3連休になりましたが、体調が悪く、ほぼ引きこもりです。 で、小説を読みました。 「プラージュ」という作品です。プラージュ (幻冬舎文庫)誉田 哲也幻冬舎 一階が昼は定食屋、夜が飲み屋になる飲食店で、その名前がプラージュ。 二階は7部屋あるシェアハウスになっています。 このシェアハウス、ちょっと変わっています。 住民は全員前科者。 そして、部屋にドアはなく、カーテンがあるだけです。 ここでの様々な出来事を描いた、一種の人情喜劇のような印象ですが、ラストは衝撃的です。 前科者がなかなか社会に受け入れられずに苦しむ姿が、乾いた印象で語られます。 犯罪を犯した過去はかえられないとしても、罪を償い、再スタートをきろうとしている人々への差別は許されるのか、と鋭く問いかけます。 ちなみにプラージュとはフランス語で海辺のこと。 海と陸地の狭間に、犯罪者との社会との断絶を象徴させているようです。 本来重くなるテーマを、読みやすくて面白いエンターテイメントに仕上げた技量はたいしたものだと思います。
その他

体調管理

昨日はせっかくの土曜日だというのに、くしゃみと微熱で、風邪薬を飲んで一日寝ていました。 そうしていると、なんだか考えが良くないほうに進むようで、将来を悲観するばかり。 でも今朝は爽やかに目覚めることが出来ました。 体調管理の重要性を再認識したところです。
文学

千年

来週の火曜日、8月22日は私の誕生日。 48歳になります。 48年なんて、長い歴史から見ればわずかな期間です。 人間の歴史は宇宙の歴史からみれば一瞬ですが、それでも、現在を生きる私としては、とてつもなく長い年月の積み重ねに感じます。 そういえば、子供の頃は冷房は居間にしかなく、扇風機だけの自分の部屋で眠らなければならない真夏は過酷でした。 学生の頃、実家が農村の友人宅を尋ねたら、トイレは水洗になっておらず、築100年の茅葺の家で、まるで日本昔話のようだと驚いたことがあります。 台所は土間で、居間は板の間で囲炉裏がありました。 近年の技術の進歩はすさまじい勢いで、情報環境をはじめとして、30年前の暮らしと現在とでは、大きく異なっています。 今私がこうして当たり前のようにアップしているブログも、ほんの20年ほど前までは、ほとんど見当たりませんでした。 時代は移ろい行くようです。 そう思うと、千年も昔のことなど、想う術とてありません。  千年を 世界の人の あゆみける 路ほそぼそと 眼にうかび来る    窪田空穂の短歌です。 千年の歩みなんて、眼には浮かびませんが、壮大な歌だと思います。窪田...
社会・政治

怒れる為政者

最近、米国政府は北朝鮮への先制攻撃が政策オプションの一つであることを公言するようになりました。 まして、グアムに北がミサイルを発射すれば、それを理由に北を攻撃することは不可避であるように感じます。 ていうか、もはや米国は開戦を決意し、良い口実を探しているのでは、とさえ勘ぐりたくなります。 思えば10年以上、北のミサイル発射実験や核開発に対し、米国をはじめとする各国は、経済制裁を繰り返してきました。 しかし、経済制裁は奏功せず、北のミサイル能力はいよいよ高まってしまいました。 米国にしてみれば、これ以上待てない、というのが本音ではないでしょうか? これ以上時間を与えたら、北は核弾頭を搭載したミサイルを米国本土に撃ち込む能力を持ってしまいます。 そうなる前に、北の核施設、ミサイル施設を破壊しなければ取り返しがつかなくなると考えても不思議ではありません。 米国はわが国と異なり、第二次大戦後、主なものだけでも、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と、年がら年中戦争をしており、戦争に対するハードルが低い国だというのも、不安材料です。 もし米国と北が戦うということになれば、米国は金委員長を...
思想・学問

間違った考え、あるいは先人の知恵

首都圏の、ここ数日の雨とそれに伴う気温の低さは少々異常に感じられます。 今週いっぱいはこんな感じなんだとか。 来週、8月も下旬にいたって暑さがぶり返したところで、それはほとんど残暑と言っても良いでしょう。 今年は冷夏なんていうものじゃなく、梅雨が明けたら秋がきた、みたいな感じです。 昔だったら雨乞いの逆、なんて言うのか知りませんが、気象の神様の魂を鎮める儀式でも執り行ったことでしょう。 今はそんなことはしませんが。 しかし、合理的精神というか、科学的精神というか、そういうものはこの世を生きる動物の一種である人間にとって、万能ではないことは明らかです。 科学や理屈では判明していないことはあまた在るわけですから。 むしろ、祈祷、あるいは呪いと言った、現在否定されている精神的な行動、魔術的思考とも言うべきものも、人間には必要なのだろうと思います。 それは経験的に。 そして例えば、慰霊祭やら葬式やら、一見無駄に思えるようなことも、現代に脈々と受け継がれ、むしろそれは大切な行為だとみなされています。 また、例え、精神病だというのが本当だとしても、本人や家族が悪魔憑きとか狐憑きだと信じていれば、エ...
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