思想・学問 戦争は政治の延長か、文化か?
今日は仕事始め。 とは言っても、今日・明日出勤すれば3連休なので、なかなかお仕事モードになりません。 今年は平昌オリンピックが行われ、北朝鮮がどういう対応をするかまだ見えてきません。 仮にオリンピックに出場して、オリンピックでのテロ行為は行わないにしても、またミサイルを発射したりして、日米韓を刺激し、国際社会で非難されるであろうことは確実でしょう。 全く厄介な国です。 かつてクラウゼヴィッツは「戦争論」において、戦争とは、異なる手段による政治の延長に他ならない、と書きました。戦争論〈上〉 (中公文庫)Carl von Clausewitz,清水 多吉中央公論新社 戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)清水 多吉中央公論新社 これは国家と国家が同じような主義の元に互いの利益を追求した場合に当てはまる言葉だと思います。 例えば帝国主義国家同士が利益をかけて戦う、みたいな。 二つの世界大戦はそのようなものだったと言えると思います。 しかし、現代の戦いはそんなに単純なものではありません。 宗教によるテロだの、民族主義によるものだの。 オセチアと南オセチアが戦争している、なんていう話は...