文学 政治あるいは歴史における物語
先ごろ、わが国はワールドカップでベルギーに惜敗し、8強進出はなりませんでした。 それは誠に残念なことですが、今回のワールドカップによるわが国をめぐる物語が、二転三転したことは興味深く感じられます。 予選リーグでは3連敗を予想する解説者もいるなか、一勝一分け。 これは物語の始まり。 しかし、ポーランド戦で、わが国はあえて1点差での負けを選び、10分にも渡って無駄なパスを続け、わが国には、フェアプレーの精神が欠けているだとか、それでも侍か、だとか批判をされて、わが国は予選突破のためにはなんでもやるダーティな国、という物語が生まれたと感じました。 ところが決勝トーナメントにおいて、ベルギーに善戦したことにより、諦めないチーム、組織力の強いチームという物語が、泣きながらゴミ拾いをするサポーターとともに、美しくよみがえったように感じます。 私は何度もこのブログで、物語の中にしか真実は存在し得ない、と指摘してきました。 ことはサッカーのような、実生活にさしたる影響を及ぼさない事柄に限りません。 大日本帝國はかつて、東亜解放の大義名分を掲げて、太平洋戦争を戦いました。 今でも、あれは聖戦であったとい...