2019-08

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文学

痛々しい

今日は体を起こすことが出来ず、休暇を取りました。 二日酔いというわけでもなく、理由が分かりませんが、とにかく起き上がれなかったのです。 朝飯も昼飯も食わず、夕方5時まで眠り続けました。 原因を探っても仕方ありませんが、うつのサインのような気がしてなりません。 日中、うつらうつらしながら、なぜか高校から大学にかけてのころの夢を見ました。 あの頃の私から見たら、今の私は絶望的な状況に見えるでしょうね。 小説で一発あてようと野望を抱いていましたから。 それが木っ端役人として薄給に甘んじていると知ったら? 夢のなかの少年の私は、自信満々でした。 それが今となっては痛々しい。 懐かしい、という感情は湧いてきませんでした。 今の私には、とにかく出勤することが大事。 明日こそは、出勤しましょう。
映画

劇場版おっさんずラブ

今日は映画館に足を運びました。 観たのは、「劇場版おっさんずラブ」です。 正月休みにテレビドラマの一挙放送があり、それを観てはまりました。 おっさん同士のドタバタ恋模様。 劇場版はアクションあり、新たなキャラクターありで、早いテンポで話が進み、飽きさせません。 美的ではありませんが、大いに笑わせてもらいました。
思想・学問

信じ込む

明日から土日月と3連休です。 月曜日は電気設備の一斉点検のため、電気が使えないことから、休暇となりました。 8月は休んでばかりのような気がします。 休みが多いのはうれしいですが、仕事が溜まるのが嫌ですねぇ。 月曜日から金曜日まで働き、土日休むというのが基本の生活で、どこか円環的に感じます。 繰り返し、というわけです。 しかし、繰り返しのように見えて、一秒とて同じ瞬間はありません。 常に違う一瞬を生き、その一瞬は消えていきます。 そう考えると、私たちの生は円環的というより直線的と言えるのではないでしょうか。 死に向かって真っすぐに進む道。 それは、生まれ落ちた瞬間から。 先般の義父の通夜・告別式を見て、改めて人は儚いと感じました。 実父の時は、ショックが大きすぎて、人が死んだというより、実父の存在が消えたことが信じられず、儚さを感じる余裕はありませんでしたね。 儚くても、生きている以上、死に向かう一本道をひたすら歩まなくてはなりません。 これは考えてみると怖ろしいことです。 刻一刻と死の瞬間が迫っているわけですから。 言ってみれば、人は生まれ落ちた瞬間から、全員死刑を言い渡されているよう...
その他

50歳

50歳の誕生日を迎えました。 今日は休暇。 休暇と言っても独りでぼんやり過ごすだけなんですけれど。 50歳という節目の年を迎えて思うのは、よくぞここまで生きたということと、まだまだ人生は続くということ。 昔だったら、50歳と言えば老人の部類なんでしょうけれど、今はまだ現役バリバリです。 人間(じんかん)50年とか申します。 人の世にいられるのは50年くらいがせいぜいだということでしょう。 今だったら80年くらいでしょうか。 今は精神状態が安定しませんが、どうにかやり過ごして、さらに先の人生を充実したものにしたいと思っています。
精神障害

少し

今日は少し調子が良いようです。 昨日面談を受けたからでしょうか? 人間精神の微妙さを感じます。 あるいは、明日、休暇を取ったからでしょうか? 明日は私の誕生日。 50歳になります。 何も予定はありませんが、バースデイ休暇というわけです。 明日、どんな感慨を覚えるのか、記事にしたいと思っています。
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