2020-07

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その他

子供

九州ではひどい豪雨が猛威を奮っているようです。 被災者のなかには、お年寄りや子供も数多くいるでしょう。 たいそう難儀をしていると思います。 お年寄りといえば、義母は80歳になり、足も悪く、しかも子供や施設に世話になるのを潔しとせず、一人暮らしを続けています。 義母を見ていると、避難しなければならない事態に陥った時、それは大変なことだろうと思います。 一方、子供に恵まれなかった私たちには、子供を連れて避難するということがどれほど大変なことなのか、もう一つ分かりません。 ただ、私には9つ離れた弟がおり、言わば疑似子育てを経験しています。 赤ん坊がどのように成長していくか、弟はそれを私に示してくれました。 私は誰よりも弟をかわいがり、弟も私になついてくれました。 それは大人になっても続き、弟夫婦の披露宴では私が司会を務めたほどです。 親族が司会を務めるというのはあまりないのではないかと思います。 さすがに最近は会うこともなくなりました。 これも、親離れしていく我が子を寂しく思う親の心境と似ているのではないでしょうか。 現に、親戚の子供たちと接する私を見て、同居人は子供の扱いがうまいと言います...
文学

短夜

ただでさえ短い夏の夜。 私はまたしても午前3時に起きるという早朝覚醒を起こしてしまいました。 私の夜はどれだけ短いのでしょうね。 夜は疲れてしまって何もする気が起きず、風呂も最近はもっぱら朝入っています。 さっき、飯を仕掛けて風呂に入りました。 飯はそろそろ炊ける頃。 良い香りがキッチンに漂っています。 風呂上りの火照った体を冷房で冷やしつつ、亡き父の書斎から頂戴してきた「俳諧古選新選」などを紐解いています。俳諧古選新選三宅嘯山東亜堂 短夜や まだ濡れ色の 洗い髪  江戸時代の俳人、三宅嘯山の俳句です。 なんとも色っぽい句ですねぇ。 私は精神を病んでから、色っぽいことや艶っぽいことが起きることはなくなり、その道についてはすっかり無縁になってしまいました。 あるいは老化でしょうか。 今はただ、古人の和漢雅俗に親しんで、無聊をかこつばかりです。
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