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その他

夏休み

明日、8月11日(木)から8月16日(火)まで、6日間の夏休みとなります。 嬉しいと言えば嬉しいですが、今夏もコロナの影響で出かける予定はありません。 最後に旅行したのは、4年前の蓼科高原での避暑でした。 コロナの猛威は、まだ続くんでしょうか。 お泊りが無理なら、せめて映画を観るとか美術館に出かけるとか、何かしたかったのですが、興味が湧くものがありません。 明日からのお盆休みですが、職場全体がお休みになるわけではありません。 交代で休暇を取るので、休み中もメールをチェックしたり、場合によってはリモートデスクトップを使って職場のパソコンをいじらなければならないかもしれません。 パソコンなんて起動しなければ良いのですが。 これが正月休みだったら、全員お休みなので、そんな心配はいりません。 夏休み特有の現象です。 お盆が一番世間の仕事が止まるので、お盆に合わせました。 そうでなければ、不安で一日中パソコンの前に座ることになったでしょう。 家でごろごろしていると、かえって疲れるような気がします。 あれほど仕事嫌いだった私が、ワーカホリックにでもなったかのごとくです。 そう言えば、今年は例年に比...
社会・政治

77年

今日、長崎に原爆が投下されてから77年目にあたるんだそうです。 私の実母は幼いころ長崎で被爆したのですが、齢80を超えてなお、その日のことは鮮明に覚えているようです。 皮膚がただれ落ちてなお絶命にいたらず、黒い幽霊のように歩く人々。 水を欲しがっても、水を飲むとすぐに亡くなってしまうと分かっているため、水をあげられずに忸怩たる思いで、その場をやり過ごす民衆。 大きくて真っ黒な雨が降る中、実母は生き残ったのでした。 現在もいたって元気で、放射能に強い体質であったのかもしれません。 原爆投下から77年ですから、被爆を体験して存命なのは、当時子供であった人々ばかりでしょうね。 20歳で被爆したら、今97歳ですから、成人後に被爆した生存者は数えるほどではないでしょうか。 ほどなくして、原爆投下は現代の問題ではなく、歴史的事実になっていくのだろうと思います。 わが国に投下された2発の核兵器による損害の記憶が、世界の指導者に核兵器使用を躊躇させているのは確かだと思います。 過去最大の核戦争の危機と言われたキューバ危機に際しても、米ソとも、核戦争は免れないと感じながら、政治の知恵でこれを回避できまし...
仕事

難儀

日曜日の夕方。 毎度 のことですが、面白いくらい、落ちています。 あまりに不安が強いので、頓服の抗不安薬を処方の倍飲みました。 ゆるーく効いてくる感じで、不安は少し和らぎました。 毎週のことですが、嫌になります。 若いころは、50も過ぎれば達観して、日曜日の憂鬱など無くなるのだと思っていました。 あにはからんや、この憂鬱は、いくつになっても変わりません。 仕事は苦役でしかありませんから、やむを得ません。 精神障害を克服し、復職したばかりの頃、先輩方に、よく「無理するな」と励まされました。 しかしこれは言語矛盾のような気がします。 そもそも無理をするのが仕事というもので、だからこそお金がもらえるわけです。 無理せず働け、というのは、黒い白馬みたいな、在り得ないことなのだと、日々、痛感します。 それでも今週は希望があります。 8月11日から16日までの6日間、お盆休みがあるからです。 お盆休みとは言っても、コロナ未だに収まらぬ状況下において、出かける気にはなりません。 自宅でDVDでも観ながらのんびり過ごすんでしょうね。 かつては夏の休暇と言えば、必ず、奥日光や軽井沢に避暑に出かけていまし...
その他

老後

今日は涼しく、過ごしやすい日でした。 散歩にでも出かけようかと思いましたが、散歩の友である同居人が留守で、なんとなく、ごろごろして過ごしてしまいました。 土曜日は必ず、義母を整形外科に連れていき、歩行訓練のリハビリを見守り、遅い昼食を取ってから帰宅します。 帰宅したら義母の汚れ物、一週間分の洗濯。 歩いている暇などありはしません。 こんな生活が始まって、もう半年になろうとしています。 正直、義母が施設を卒業して自宅で独り暮らしが出来るまでに回復するとは思えません。 衰え行くばかり。 その姿は、将来の私たちを暗示しているようで、怖ろしくすらあります。 義母は幼い頃東京大空襲で母親を失い、可哀そうな子だと、父、祖父母になめられるように可愛がられて育ちました。 商業高校を出て国策銀行に就職。 義母は高卒ですから兵隊要員ですが、短大を出たお嬢様がたくさんいて、2年ほどでエリート銀行員と結婚して退職していったそうです。 義母は東大卒のエリート銀行員から求婚されたこともあったそうですが、つりあいが取れないと断り、純朴な田舎の青年が良い、と言って、福島で生まれ育った義父とお見合い結婚。 空襲で丸焼け...
社会・政治

泥船

長い一週間の勤務が終わりました。 金曜日の夕方ほど嬉しい時間はありません。  私が20代の頃、バブルは弾けたとはいえ、躁病のような浮かれた雰囲気が、世間に色濃く残っていました。 当時は花金などと言って、金曜日の夜は弾けるのが良いとされていました。 馬鹿なことだとは思いながら、私も流行りに乗っていました。  今ではコロナのせいもあって、金曜日だからといって何も特別な空気は流れていません。 バブルの頃が異常だっただけで、今は正常に戻ったと言うべきでしょうね。 バブルが弾けて後、わが国は30年にも及ぶ長い停滞期に入り、それは今も続いています。 給料は上がらず、景気の良い話など聞くことも無くなりました。 少子高齢化はますます進み、将来、わが国はどんなことになるのか、また、衰え行く国家を舵取りするリーダー達は、何を目標にするのか、全く分かりません。 漠然とした不安がわが国を覆うなか、国民も、自国の将来が見えずにいます。 この不安の中にあっても、庶民は勤労に励み、金曜日の夜にはわずかばかりの解放感にひたる小さな楽しみを持ち続けています。 それを生活と呼ぶのでしょうね。 庶民の小さな楽しみを思う時、...
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