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精神障害

診察

今、精神科の診察から帰ってきました。  私が右斜め後ろの気配や、今日の老人のことなどを話し、これは「分裂感情障害」ではないか、と問いました。  医師は、最近の活発な小説執筆で脳が疲労したための一時的な症状と思われ、「分裂感情障害」と診断することは現段階ではできない、とのことでした。 また、小説の執筆を控えるよう注意を受けました。 さらに、健常者でも、激しい運動や登山などにより、幻覚を見ることがあること、また、躁うつ病も統合失調症も脳の機能障害という意味では同じであるため、これを明確に分けて考えるのは難しいこと、などの説明がありました。 とりあえず、前から飲んでいる統合失調症の薬を増やして様子を見ることになりました。どうもすっきりしません。
精神障害

幻覚

今日、所用があって車を使いました。 そのとき、奇妙なものを見ました。 用事が済んで、私の車に向かうと、八十歳ちかくと思しき老紳士が、私の車の運転席に座っていたのです。その様子は、呆然として、目に意思が感じられませんでした。 私は、鍵をかけ忘れ、認知症の老人が偶然乗り込んだものと思い、車に急ぎました。 しかし、私が車に到着すると、老紳士は、消えてしまいました。 まるで、初めからそこに存在しなかったかのごとく。  これは幻覚でしょうか。 これから精神科の診察があるので、相談してみようと思います。 私の精神は、ゆっくりと、しかし確実に、狂い始めているようです。
文学

方丈記

鴨長明の「方丈記」を読みました。 なぜか突然、有名な冒頭「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」、というフレーズを思い出したからです。 初めて読んだ学生のころ、なんだか言い訳くさい随筆だな、と思いました。  しかし、今読むと、また違う感想を持ちます。  世を捨てて隠棲した筆者に、シンパシーを感じます。  今の私は、精神科医から出勤を禁じられ、いはば、期間限定の、世捨て人。その期間も、定かではありません。 鴨長明のように、方丈(約四畳半)の庵があって、時折琵琶を奏で、四季の移ろいを感じられれば満足、というわけにはいきませんが、私とて、どうせ出世するはずもなく、金持ちになれるわけもなく、私はただ、三食を食らって、夕餉にはわずかの酒を飲み、古人の残した名文に接し、その真似事ができれば満足です。 それにしても、日本の古典に接すると、現代作家も、作詞家や歌手も、仮に接したことはなくても、古典や日本の文化伝統から抜け出せないことを、思い知っていただきたいと思うばかりです。
その他

換気扇

今朝は換気扇まわりを掃除し、使い捨てフィルターを交換しました。 使い捨てフィルターは半年ごとに交換していますが、半年でもずいぶん汚れます。 換気扇の下でタバコを吸うせいかもしれません。 いずれにせよ、見違えるくらいきれいになりました。 こういうちょっとした快の経験が病気には何よりと考えます。
文学

紫苑物語

石川淳の「紫苑物語」を読みました。 20年ほど前に初めて読んでから、何度読み返したかしれません。 私は、この小説を、古典と現代文学の交錯点と考えています。 石川淳が良く使うフレーズ「魂の運動」がこめられています。 文体も美しい。  私が昨日まで必死になって書いていた小説が何者だったのか、切なくなります。紫苑物語 (講談社文芸文庫)立石 伯講談社↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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