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仕事

ゲシュタポ上司

われらがボスは少々オツムが弱いようで、奇妙なことを言って私を笑わせてくれます。 例を挙げますと、 朝の挨拶は「おはようございます」と言うだけではダメで、ボスが朝部屋に入ってきたな  ら、ずさっと立ち上がり、声 を そろえて「おはようございます」と言え、とか。  帰宅の際、部屋中に聞こえるように「お先に失礼します」と言うだけではダメで、ボスの前に行き、ボスよりも早く帰宅する理由を述べてから帰れ、とか。 そのほかにも、どうでもいいような細かいことを縷々。   私は馬鹿馬鹿しいのでことごとく無視していますが、何も注意されません。 どうも一匹狼的な立ち位置になってしまったようで、緩やかに干されています。 でもそれは私の望むところです。 干されて給料をもらえるんなら、こんな楽なことはありませんから。 その冷たい風貌と官僚的硬直から、私は密かにボスをゲシュタポと呼んでいるのです。。
その他

世代

最近、平成生まれの若手が増えてきました。 あと5年もすれば、21世紀生まれが幅を利かせることになるでしょう。 昔から、中高年は「近頃の若いものは・・・・・」と苦言を呈し、それは中高年の義務とさえ言えましょう。 かつて新人類と呼ばれた世代ももう50代。 ゆとり世代も若手として社会で活躍しています。 そういう意味では、世代間ギャップを言い募るのは馬鹿げていると思います。 数十年くらいで、人間の本質が変わろうはずもありません。 明治20年代には、明治生まれが国の中枢を担ったら、国は滅びると言われたそうです。 それは半ば当たりました。 第二次大戦を指導したのは明治生まれですから。 しかし、戦後復興を強力に推し進めたのも明治生まれ。 それで相殺といったところでしょうか。 今後、平成生まれ、さらには21世紀生まれがどんな活躍を見せるのか、もはや活躍の場とてない疲れた中年の私には、そればかりが楽しみです。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
社会・政治

処刑か支払いか

日本人2人がイスラム国を名乗るテロ集団に拉致され、身代金2億ドルを払わなければ2人を殺害すると、日本国政府を脅しています。 過去、英国や米国のジャーナリストなどが実際に殺害された事例があり、日本人2人の命も風前の灯火というべきでしょう。 おそらく、日本政府は身代金を払わないでしょう。 かつて福田総理がテロリストと取引きし、「人命は地球より重い」との迷言を吐いて世界から失笑を浴びました。 同じ轍を踏むわけにはいきますまい。 それに2億ドルなんて大金、そう簡単に工面できるはずもありません。 外交ルートを通じて交渉しようにも、相手はテロ集団ですから、ほとんど話し合いにならないでしょう。 仮に2億ドルを支払ったなら、イスラム国の重要な外貨となり、さらには日本人を狙えば身代金が得られると思われ、さらなる犯行を誘発すること必定です。 二人の日本人には気の毒ですが、あえてこの時期に危険な場所に出向くからには、それなりの覚悟がおありのことと推察します。 あるいは死に場所を求めてイスラム国に行き着いたのかもしれません。 もちろん、2人を救うべく最善の努力を尽くすべきですが、テロリストとは取引きしない、と...
その他

今朝新聞の日付を見て、あれ、今日は何の日だったかと気になりました。 そういえば今日は同居人の誕生日でした。 私が22歳、同居人が23歳で出会ってから、この年度末で丸23年。 同居し始めてからでも17年目になりました。 もう40代も半ばを過ぎようとしています。 こんな長い付き合いになろうとは。 お互い、第一印象はあまり良いものではありませんでした。 私は彼女を見て、面白味のない堅物と思いましたし、後に聞いたところでは、同居人は私を、どこか悪げで不真面目で、誠実さが感じられないと思ったそうです。 それがくっついちゃうんだから男女の仲というのは不思議なものです。 まぁ、一種の悪因縁でしょうねぇ。 その間に、私が一生背負っていかなければならない業病、双極性障害の発症があり、躁状態が現れて同居人を困惑させました。 現在、躁もうつも5年以上表れず、安定していますが、症状がきつかった頃のことはぼんやり覚えています。 私がぼんやりとしか覚えていないのは当事者だったからで、身近で変化していく私を見ていた同居人にとっては、強烈な印象を残し、鮮明に記憶しているようです。 人が生きていく以上、何事もなく平穏無...
その他

終末

2015年の9月に人類が滅亡するという噂が飛び交っているようです。 マヤ暦から解釈したり、ほかの多くの予言などから導き出したようです。 もともとマヤ暦では2012年が滅亡の年とされ、その年にも騒いでいましたが、なんでも閏年を換算していなかったとかで、それを考慮すると2015年になるんだそうです。 なんとなくご都合主義のような。 平安の昔、人々は末法の世になることを怖れ、世界の終わりを怖れました。 また、1999年には、ノストラダムスの予言から、人類滅亡を本気で信じる人々が現れ、その数字の並びの不吉さも手伝ってか、テレビなどでさかんに人類滅亡への警鐘が鳴らされました。 SEKAI NO OWARI というそのものズバリの名前を持つバンドが人気を博すなど、またもや人類滅亡という観念に人々は浮かれているようです。 不思議なことに、人類滅亡とか世界の終わりとかいう観念には、人々を高揚させる力があるようです。 SF映画などでもその手のテーマを扱った作品は数知れず。 いずれもどこか感傷的に、この世の終わりを描いています。 なるほど、地球の命が永遠で無い以上、人類はやがて滅亡するでしょう。 しかし、...
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