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文学

熱燗や

12月に入ったというのに、今日は暖かい雨が降り続いています。 異常気象というのではないのでしょうが、なんだか調子が狂います。 まぁ、寒いよりはよほどマシですが。 近頃晩は熱燗で暖を取っていますが、今日は冷でもいいようです。 熱燗や とかくに胸の わだかまり 久保田万太郎の句です。久保田万太郎の俳句成瀬 桜桃子ふらんす堂俳句の天才―久保田万太郎小島 政二郎彌生書房 胸にわだかまりを持ちながら熱燗を頂くといえば、それは私の日常とも言うべきですが、そのわだかまりがいかほどのものかは、日によってずいぶん異なります。 幸いにして、このところの私は精神も安定し、さほど強いわだかまりをもって熱燗に助けを求めることもなくなりました。 精神安定のために飲む酒は、その時は一時的にまぎれても、翌朝かえって落ちているということはよくあります。 それに比べて単に一日の仕事の疲れを癒す燗酒は、すぐに体中を駆け巡り、じきにねむくなってしまいます。 わずかの酒で酔えるのは、健康な精神を維持せしめている証拠かもしれませんねぇ。 緊張に満ちた精神状態では、いくら飲んでも頭の芯が冴えているような感じで、酔えませんから。 い...
思想・学問

人間(じんかん)何年?

今日から師走ですね。 平成26年(2014年)も残すところ、ちょうど一カ月となりました。 早いもので、とは言いますまい。 一つ一つを思い起こしてみれば、とてつもなく長い年月で、そもそも一年前、私は別の部署に座っていたことを思えば、隔世の感があります。 よく世間の人は、特に中高年は、年月の流れを、あっという間と表現しますね。 私にはその心性が理解できません。 私には、年月の流れは、常に牛歩の歩みのように思われ、もどかしくさえ感じます。 私は今40代半ばを迎えましたが、かつて人間(じんかん)五十年という言葉があり、人の世にいられる期間は五十年くらいと考えられてきました。 そうであるなら、40代半ばは老人ということになりましょうか。 しかし栄養状態が良くなり、医学の進歩もあり、人間(じんかん)は80年にもなろうとしています。 下手をするとそれは90年にも100年にもなる可能性があり、私はまだ半分も生きていないのかもしれません。 実感としては、結構長く生きたような気がするのですがねぇ。 行きつけの薬局では人生ゲームのようなポスターが貼ってあり、それによると60歳が総合的な判断力が最も優れている...
その他

1日

一昨夜、K君と拙宅で飲み始め、昨日の朝7時まで、12時間もちびちびと飲み続けました。 高校・大学時代の思い出話、文学や芸術、映画の話、話題は尽きることなく、まだ飲んでいたかったのですが、さすがにすっかり明るくなっていることを知り、やむを得ず床に着きました。 11時半頃目覚め、近所のそば屋で朝昼兼用の昼飯を食いました。 その後江戸川区の実家の母から電話がありました。 長らくストップしていたお寺の檀家向けの便りを作成するので、例によって編集をお願いしたい、とのこと。 私に否やのあろうはずもなく、都内に住むK君を送っていきがてら、実家に寄りました。 予想はしていましたが、檀家の原稿などは相当に手ごわく、大幅に加筆修正しなければ読める代物にはならないことが分かりました。 しかしその作業も、私にとっては楽しいものです。 読めないものを読めるように改良していくわけですから。 さらに夕方には精神科の診察があり、主治医からは「復職して5年間、数々の困難を誠実に乗り越え、今日があることは本当に立派です」、と奇妙な褒められ方をしました。 昨夜は夜7時には寝てしまい、今朝はさっぱりした気分です。 それにして...
その他

タイム・スリップー遠方より来たるありー

今宵は古い知り合いがわが家を訪れ、夜通し呑む予定です。 仮にK君としましょうか。 K君と初めて会ったのは、1985年4月のことです。 高校入学の日でした。 もうじきあれから30年の日月を数えるとは、まさしく光陰矢のごとし。 当時、私もK君も15歳。 紅顔の美少年でした。 その後K君とは友誼を結び、高校・大学と同じ学校に通いました。 大学生になると、K君はふらぁっとわが家を訪れては、盃をともにするようになりました。 それもたびたび。 それは私が一人暮らしを始めても、同居人と二人の暮らしを始めても、変わらず、わが新居を時折訪れては、酒を飲んで行くのでした。 また北海道や信濃路、果ては遠くタイまでも二人で旅した仲でもあります。 世間では、こういう関係を親友と呼ぶのかもしれませんね。 しかし、私もK君もそんな手垢の付いたウェットな表現は大嫌い。 私には、知り合い、という言葉しか思い浮かびません。 K君は40代半ばを迎える今も都区内で独身生活を謳歌しています。 もう誰かと暮らすなんて面倒くさいようです。 それは羨ましくさえあります。 紅顔の美少年は美中年にはならず、K君は頭髪の薄いおじさんになり...
社会・政治

隣国友好

産経新聞前ソウル支局長の裁判開始さる。 支局長の乗車せし自動車の眼前に寝転ぶ者、自動車に卵を投げつける者、狼藉の数々見苦しきこと限りなし。 そも、支局長の咎とは何ぞ。 かの地の新聞から大統領に関する記事を引用し、コラムを書きたるを、名誉棄損なりと難癖をつけられたるが始めなり。 されど、かの地の新聞のみ、お咎めなしとは何の謂いぞ。 大統領府が検察に圧力をかけたるか、あるいは検察が大統領の心情を慮りたるか。 いずれにせよ、そは情に拠りたりて、法の精神、かけらも見られず。 かの国は我が邦と同様、自由民主主義を標榜せし国にあらずや。 かの国の裁判所における狼藉、嗤うべし。 前支局長の毅然たる態度のみ、輝きたるは当然か。 我が邦、泰然自若として法の精神に基づき、淡々と事にあたるほかなし。 さあらねば、我が邦もまたかの国と同様の感情論に走らざるを得ず。 隣国にかの国のごとき情を重んじ理を軽んずる者あるは、誠に不幸と言わざるを得ず。 我、沈思して隣国との友好図らむとすも、その道程険しく、容易に想像する能はず。 にほんブログ村 政治 ブログランキングへ
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